日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ホソバノウナギツカミ
(C)半夏堂
Weed Persicaria hastato-auriculata (Makino) Nakai

タデ科イヌタデ属 ホソバノウナギツカミ 学名 Persicaria hastato-auriculata (Makino) Nakai
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2015年10月 茨城県牛久市 湿地

【ホソバノウナギツカミ】
*タデ科イヌタデ属には本種以外にも「ウナギツカミ」を名乗る植物が多く、形状は似たり寄ったりだ。語源は茎に生える逆棘を利用してウナギを掴めそうな様から。
 ホソバノウナギツカミは利根川流域では地味に希少で、長らくこの一帯では見ることが出来なかった。イヌタデ属の絶滅危惧種であるホソバイヌタデ、ヌカボタデ、ヒメタデなどの方がよほど見つけやすい。ある時、休耕田を整備して作られたアヤメ園周辺に密生しているのを発見し(本稿の生態写真はそこで撮影)自生は攪乱との因果関係があるのかな?という印象を受けた。

挙動不審

越冬形態の謎


 本種は絶滅危惧種ではないが関東地方北部ではかなり稀で、名だたる有名湿地注1)でもついぞ見かけたことがない。むしろ純粋な自然湿地よりも里山の植物なのかも知れないが、近年「荒れた」里山が多いせいか、こちらでも見かけない。もっとも元々分布に濃淡があって当地域には少ない植物である可能性もある。

 生態を見る限りホソバノウナギツカミは弱い植物ではない。Weedに相応しい、はびこり系の雑草である。スペースがある限り横に広がり、育成下では実生によっても増殖し、我が家では最も間引きな必要な種の一つとなっている。元は水槽で水中育成するために頂いた一株がこの有様だ。終いには「人工湿地」である育成環境をはみ出し、庭の芝生の間からも出てくる。
 この状況は希少種であるはずのヒメタデ(環境省レッドデータ2017 絶滅危惧U類(VU))やヌカボタデ(同、絶滅危惧U類(VU))にも共通する。生存に適した環境であれば本質はWeed、属名植物であるイヌタデと似たり寄ったり、ということだろうか。


(P)東日本でも普通に越冬する「多年草」である。2011年12月に撮影


 一方、西日本ではホソバノウナギツカミはやや普遍的な種のようであり、当地でやや普遍的なホソバイヌタデ(Persicaria trigonocarpa (Makino) Nakai)と対照的である。これは分布の偏り以外の何物でもないだろう。ホソバイヌタデは攪乱や氾濫原といった条件がはまっている印象も受けるが、ホソバノウナギツカミに関してはそうした自生条件が分からない。今後新たな自生地を見出し、サンプル数が増えれば見えてくることもあるだろう。
 冒頭に記したように、ある時休耕田を再整備して作られたアヤメ園周辺の湿地に多数生育しているのを発見、この場所は休耕田時代から何度も見ており、見逃していた可能性はないと思うが、見た目の印象では攪乱によって発芽したと考えるのが自然。しかし攪乱依存であれば小貝川氾濫原など「攪乱の本場」に自生していても不思議ではないが、こちらでは見られない。同じ攪乱でもタイプが様々なので、本種のスイッチが入る攪乱は別のものなのかも知れない。

一年草か多年草か


 本種は育成下では常緑越冬する。この事は何年も自宅の庭で確認している紛れもない事実である。我が家の庭は地理的区分で言えば東日本なので冬場は氷点下にもなるし年に何回かは雪も降る。言葉通り「越冬」である。
 一方、本種に関して一般的な生活型として知られているのは「一年草」である。これには現実との乖離に疑問を持ちつつも当Webサイトの水生植物図譜のタデ科、ホソバノウナギツカミにもそのように記載している。そもそも疑問を持つなら別な表現もあったと思うが、その別な「表現」を採用しているサイトには「一年草または多年草」とあるのだ。
 しかし「一年草」と「多年草」は本来草本植物の生活型としては対立概念であるはず。例えは相応しくないかも知れないが「時間帯は昼または夜」と言っているような気もして腑に落ちない。数少ない近隣の自生地では冬季には草体が大部分の地上部は枯死するが少数の小型の葉が常緑で、根元を掘ってみると根は残存しており翌年そこからも発芽しているようだ。言うまでもなくこの挙動は多年草である。

 この、言わば「挙動不審」は長年考えても解けない謎であったが、今ではホソバノウナギツカミは多年草であると個人的に確信している。ただし一年草と記載している文献やWebサイト(当サイトも該当)にも一定の根拠があり、その根拠は実生だけで世代交代する事実もある、ということだ。(後述)従って「一年草説」を完全に否定するものではない。
 くどいようだが「一年草または多年草」と言ってしまうと、そもそも一年草、多年草の区分自体に意味があるのか、という話になるような気がする。次項で詳述するが、多くの多年草は一年のサイクルのうちで結実するし、翌年実生だけで世代交代すればそれはまさに「一年草」。雌雄異株と異なり一年草と多年草に進化云々のファクターが見出せない以上、有利不利はないはず。人間にとっての「区分」は重要なことだが、植物にとっては「どちらでもよい事」なのかも知れない。

 この疑問に対し、何の根拠もないことは重々承知の上ながら、ホソバノウナギツカミには遺伝的に一年草と多年草の2系統あるのではないか、と考えている。自分が冬季に見ている草体は言うまでもなく多年草、図鑑やWebサイトに一年草と表記した方が見た草体は一年草。あるいはどちらの遺伝子も備えていて「気まぐれ」も含む一定条件で発現する。誰にも反対しない、誰の意見でも尊重する「大人の忖度」だが、次項で別な側面からもう少しこの疑問を掘り下げてみたい。

南方型の可能性

水中生活


 本種は沈水下で草体を変化させる。要するに沈水葉注2)を形成する。当然ながらこの事自体は一年草か多年草か、という判断基準にはならないが、経験上アクアリウム的に沈水葉(水草)となった植物の挙動が一年草と多年草では異なる、ということは言える。

 アクアリウムの環境は加温環境であって、外気温の影響による水温の変化はありつつも冬はない。季節がなければいつまでも生育できるはずだが、一年草はなぜか長持ちしない。水田から様々な一年草を採ってきて水草にしたが、ミズネコノオ、シソクサ、ミズマツバなどは概して数か月から長くて一年未満で消滅してしまう。
 これに対してミズトラノオ、ミクリなど沈水化する多年草は長年維持できる。この事は、一年草が発芽から開花・結実まで僅か数か月の期間、草体が保てば用が足りるというサイクルに起因するような気がする。学術的な根拠やエビデンスがあるわけではない、あくまで経験上「気がする」だけである。


(P)ホソバノウナギツカミ沈水葉 自宅育成


 ホソバノウナギツカミは水中でも生き抜くための仕組みが精緻に出来ている印象を受ける。沈水化のスピードも速く、展開する葉にはクチクラ質が見られず葉緑素も抜けている。この事実だけ見れば、ホソバノウナギツカミは水中では光合成生産量がさほどなくても生きていける、つまり、より「水草」に近い植物のような気もするのだ。
 もちろん「水草」に近いかどうかも一年草か多年草かという判断基準には何ら関係がない。しかし水中を好む挙動はホソバノウナギツカミの開花形態、気中で開花・結実するというスタイルとは真逆であり、どうしても開花・結実して世代交代しなければならない、という一年草の宿命には縛られていないように見える。
 このような傾向は同じイヌタデ属のフトボノヌカボタデ(Persicaria kawagoeanum Makino)にも見られる。こちらは区分上も実際(北関東での屋外育成)も一年草であるが、元々九州南部〜沖縄県地方が産地であり(自宅にあるものは宮崎県産)、ホソバノウナギツカミと同じレベルで「多年草」なのかも知れない。そう思う根拠は水中での挙動がホソバノウナギツカミと同じであることだ。アクアリウム的情報だが、フトボノヌカボタデはホソバノウナギツカミと並び、美しい沈水葉となり長期維持が可能なタデ科の植物である。

南方型仮説


 以上のようにホソバノウナギツカミは水中での挙動としては後者、つまり多年草的挙動を見せる。脇芽や差し戻しによって増殖させることも容易である。要するに栄養増殖が通年盛んである。これらを考慮し、推論を行った結果が「ホソバノウナギツカミは多年草」なのである。
 しかも単なる多年草ではなく、どことなく南方系の多年草の香りがする。それがとりもなおさず「一般的な生活型として知られているのは一年草」という理由でもあると思う。具体的には、亜熱帯などで多年草として生活している植物は四季の明確な日本本土に入り込んだ際に一年草になる、という話。
 水田雑草の多くが稲作の伝来とともに帰化した史前帰化種注3)である可能性が強いとされているが、東南アジア熱帯・亜熱帯に自生する極めて近似した植物注4)は多年草、日本の水田にあるものは一年草となっている。元々両方の遺伝子を持っていた可能性は強いと思われるが、ホソバノウナギツカミも同様、しかし一年草遺伝子を発現するまでもなく毎年開花・結実するのである。冬に株が枯れたとしても世代交代は実生で可能である。この挙動だけを見れば立派な一年草だ。

 はるか過去の経緯は確かめる術もないが、見かけ上は一年草として世代交代を繰り返しつつ、環境耐性として耐寒性を身に付けた一群が出現した、という見方はどうだろう。それが現在我が家にあるので、それを見ている私の見方は「多年草」。一方、耐寒性がない一群を見ている方々が図鑑やWebサイトに「一年草」と記入しているのではないだろうか。
 こうして考えてみると「一年草または多年草」という表現もあながち矛盾はしていない。しかしこの表現を使用するためには推論を含めた複雑な説明が必要になることは間違いない。話を簡単にするには、むしろ「一年草も多年草もある」ということだろうか。

 推論ばかりで申し訳ないが、こうとでも考えなければホソバノウナギツカミの挙動は説明が付かない。こんな疑問は一般的にはどうでも良い話の範疇だと思うが、植物のシーズンオフにストーブにあたりながら考えるのも植物趣味の一形態かと。(なので本Webサイトの記事の多くは冬に量産している)

形態的特徴

鰻掴み


 ウナギツカミを名乗るタデ科イヌタデ属の植物は意外に種類があり、本種以外にアキノウナギツカミ、ウナギツカミ(ナツノウナギツカミ?)、ナガバノウナギツカミなどがある。語源はその名の通り「鰻掴み」で茎にある逆棘に由来する。この逆棘を利用して鰻を掴む、という意味である。しかし実用されたのかどうかは定かではなく、どちらかと言えば懐疑的だ。こんな繊細な茎や逆棘がウナギの暴れまわる筋肉を抑えられとは思えない。おそらくは比喩的なネーミングであろう。

 自分自身で実験(世間的には何をやってんだか、レベルだ)してみれば分かりそうなものだが、今やウナギは絶滅危惧種、その辺の川や池にはいそうもない。湿地の荒廃とともにウナギツカミ一族も長期的に減少してゆくだろうし、ウナギツカミでウナギを掴めるか、という問題は時間が経過すればするほど闇の中に消えていくだろう。繰り返すがこの「問題」は世間的にはどうでもよい範疇の話、私も書いているうちにどうでもよくなってしまった(汗)

 〇〇ウナギツカミに関しては私が知りうる(実際に見た)限りは本Webサイト、水生植物図譜タデ科1に記載してあるので詳細なプロフィールはそちらをご覧頂くとして、本稿ではそれらの簡単な見分け方を記したいと思う。とは言え、近似種にしてはそれぞれ特徴的なので「紛れ」はさほど無いと思われるが、私がたまに遠目で見て間違えるのはホソバノウナギツカミとサデクサである。近くに寄れば逆棘の質量が圧倒的に異なるので(サデクサの方が多い)手に取るレベルなら判別は容易だ。


(P)アキノウナギツカミ


 ウナギツカミを名乗るイヌタデ属植物はそれぞれ葉に「耳」を持っているが、この「耳」の開き方や形状に特長がある。両耳が開かず茎を抱いている形状なのはアキノウナギツカミ(Persicaria sieboldii (Meisn.) Ohki.)である。またアキノウナギツカミは葉質がやや柔らかく、他種に比べて葉厚がない印象も受ける。
 耳がやや開き加減だが、さほど大きくないのがウナギツカミ(Persicaria aestivua Ohki)。ただ、変異幅注5)があり、他の判別ポイントとして水生植物図譜に記したように「小型(草丈20〜30cm)、葉幅がやや広い、茎の逆刺がややまばら、托葉鞘が短い、などだが最大の識別点は開花期が早い点である。アキノウナギツカミがその名の通り9月頃から開花するのに対し、本種は5月頃から開花する。これを考慮に入れれば良いだろう。
 ナガバノウナギツカミは基本的に葉の基部が浅い心形であるが、当Webサイト、水草雑記帳featureの「ナガバノウナギツカミ」に記したように、葉形のみでの判別は不可能である。なぜなら同一株においても葉形の変異が多く、一定しない場合があるからである。特に表現型によってはヤノネグサに酷似する株もあり、開花後に小花柄注6)の腺毛(本種の有力な同定ポイントの一つ)を見て初めて本種と気が付く、という経験もしている。意外なことにヤノネグサ(Persicaria nipponensis (Makino)H.Gross.)も葉形の変異がそこそこあるのだ。

 ホソバノウナギツカミは開花前は葉の基部の「耳」が茎を抱き、アキノウナギツカミに似るが耳の張り出し角度は大きい。しかし耳自体は小さく独特の形状をしているので見分けやすいが、何と言っても本種の特徴は斜行、場合によっては匍匐しやすいことで、近似する他種が群生すると叢状になるのに対し、グランドカバー状になることである。
 この記事にある写真のうち、自生地で撮ったものも上方向に十分なスペースがあるにも関わらず湿地の地表近くを匍匐しており、さらには水中に入り込んで沈水葉を形成する姿も見られた。光合成生産という観点で見れば不都合な性格だが、それなりに理由はあるのだろう。


【ホソバノウナギツカミの自生】
自然下で水中に入り込んだ姿
秋が深まると紅葉する

脚注

(*1) 近隣の有名湿地は渡良瀬遊水地や成東・東金食虫植物群落など。私が気が付いていないだけかも知れないがホソバノウナギツカミは見かけたことがない。(一応、歩ける場所は複数回歩いているつもり)かと言って近所の里山でも見たことがないので希少種でもない本種がどこにあるのか不思議と言えば不思議。家の近所では絶滅危惧種のミズネコノオやスズメハコベより余程見つからない。この記事の自生写真は一応里山地形の場所だが、公園整備目的で掘削が行われ、シードバンクから復活したもののように思われる。

(*2) 沈水葉の明確な定義というものはないが、ホソバノウナギツカミは水中では赤くなる(葉緑素が減少する)、クチクラ質が形成されない(ペラペラになる)等の形質が見られる。その他の沈水葉を形成する湿地植物の多くは自然下では積極的に水中に入り込んだり沈水葉を形成したりする姿は稀であり、特にこの傾向が強いタデ科では珍しい存在である。

(*3) 記録(歴史)に残っていない時代に帰化定着したと考えられる生物。水田の雑草は稲作の伝来(縄文時代中期以降)と共に帰化定着した史前帰化種と考えられるが、もちろん文字のない縄文時代なので記録はない。しかし文字があっても飛鳥時代以降も帰化植物に付いて書かれた記録は極めて少なく、帰化年代には幅があると思われる。

(*4) 本邦のシソクサはベトナム産やタイ産のシソクサと極めて近似し、素人目には同一種としか見えないが一年草と多年草の違いがある。シソクサを帰化植物(史前帰化種)と考えた場合、多年草が日本に入り気候にあわせて一年草になったとは考えにくい。元々一年草の形質も持っていた、と考える方が自然であると思う。この場合、挙動は異なるが同一種であると考えるべきだろう。

(*5) 葉の形状、大きさ、耳の形などに同一株内でも変異が見られる。ウナギツカミに限らずイヌタデ属にはナガバノウナギツカミやヤノネグサなど、この傾向を持った植物が存在する。学術的には変異と種の分化は密接に関係あるようだが、種の分化に繋がるのは膨大な時間がかかるのでとりあえず考慮外にしておく。

(*6) 花柄から分岐し、花を付ける柄。ナガバノウナギツカミはこの小花柄に赤い繊毛がある点が重要な同定ポイントとなる。近似種にはこの特徴はないので紛れの入らない判別点となる。



Photo :
Nikon CoolPix5000 / CoolPixP330
RICOH CX5
SONY DSC-WX300
Date :
2015.9.24(アキノウナギツカミ)/ 2015.10.31(自生) / 2011.12.15(冬季草体)/ 2003.10.22(沈水葉)

Weed Persicaria hastato-auriculata (Makino) Nakai
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