日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ヒルムシロ
(C)半夏堂
Weed Potamogeton distinctus Linn.

ヒツムシロ科ヒルムシロ属 ヒルムシロ 学名 Potamogeton distinctus Linn.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2019年7月 茨城県土浦市 素掘水路(fig1)

【ヒルムシロ】
*ヒルムシロは蛭蓆、ヒルが昼寝(低レベルのオヤジギャグか)しそうな雰囲気のネーミングである。近年、ヒルムシロも除草剤によって減少傾向にあるが、何とチスイビルも減少しているという。驚くべきことに京都府レッドデータでは準絶滅危惧種となっている。一度でも被害にあった経験があれば「そのまま絶滅してくれ」と言いたくなるが、生物多様性の観点からはそうも言えまい。
 水面に小判型の浮葉を数多く広げる姿は涼しげで、まさに水生植物の典型の姿、個人的には好きな部類の植物だ。自宅でも育成しているが狭い睡蓮鉢程度では水面をすべて塞いでしまうほどはびこるのが弱点。他の植物やメダカが同居できない程の破壊力を持つ。つまり適切な環境(と言っても許容範囲は広いと思われる)では際限なく繁殖する、まさに雑草的性格の水生植物の代表格だ。

微妙に減少する強雑草
■水田の強害草

 ヒルムシロはかつては駆除難の水田強害草とされていたようだが、私が水辺植物に興味を持った1990年代後半には水田はおろか近隣の河川湖沼でも姿を見かけることはなかった。姿を消した理由は除草剤が普及したこと、とされる。80〜90年代には多くの新しい除草剤が開発され、ラジコン飛行機(今で言うドローンか)まで使って散布されていたが今は昔。農業政策の大失敗注1)により、水稲農家はすっかり勢いを失い、農薬の費用を捻出できないまでに痛めつけられてしまった。

 適度に放置された耕作水田には様々な希少種、ミズマツバ、アブノメ、サワトウガラシ、ミズネコノオなどの復活を確認しているがヒルムシロの姿はいまだに見られない。根茎はともかく、シードバンクとなった種子まで除草剤にやられてしまったのだろうか。
 画像はそのレアな復活事例で、元々の谷津田を遊水地として整備し、ついでにショウブ園を造成した地形である。ショウブ園や池に植栽したスイレンのおかげで除草剤は使用されず、ここ何年かは安定してヒルムシロの姿を見ることができている。


(P)2019年7月 茨城県土浦市 素掘水路(fig2)


■消滅

 こうして数少ない復活の事例がある一方、県内で自生を確認していた水域での消滅も相次いでいる。こちらは除草剤によるものではなく、現象面の評価に過ぎないが、同様の生態的地位を持つ園芸種の圧迫である。簡単に言えばヒルムシロの自生する池に園芸スイレンを植栽したために圧迫されて消滅した、と考えられる。
 茨城県小美玉市注2)にある池花池は私の帰省ルート上にあり、ここ数年父の死や仏事や手続きで何度も往復する途中のちょうど良い休憩スポットになっている。この池にも数年前までヒルムシロがあったが、現在では大繁茂した園芸スイレンとハゴロモモ(フサジュンサイ、ガボンバ、カモンバ)以外は見られない状況となってしまった。ハゴロモモは逸出だと思うが、園芸スイレンは明らかな植栽で、田舎の水田地帯の何の特徴もない溜池に、まさに言葉通り「花を添える」つもりなのだろうか。
 もう一つの事例は茨城県桜川市注3)の野池、上野沼。周囲に目立つ汚染源はないが、ノンポイント汚染源により水質は良くない。これに加えて園芸スイレンとアサザが繁茂しており、沿岸部には水面が見えない場所も多い。水面に植物が繁茂すると直下の水質は悪化する注4)が、これらの複合的要因によって以前見られたヒルムシロは見られなくなってしまった。こうした水田地帯での水生植物の消滅原因を考えると意外に根深いものがある。

 水田や用水路での本種の消滅原因は明らかで、前述除草剤によるものに加えて基盤整備注5)と乾田化である。下手をすれば年間2ヵ月程度の湛水期間では存続が難しい。いかに陸生型(後述)の生活様式を持っていても乾いた時期は陸上と変わらない。ヒルムシロの陸生型は陸上植物ではなく、あくまで水生植物の「湿地型」なのである。特に植物体のピークとしての時期(開花・結実)に中干し注6)や稲刈のために落水されてしまうと手も足も出ないはず。もともと水田の強害草であって、耕作者からすれば有難いことだと思うが、今や外来種を含めてより強力な害草が跋扈している。スーパー雑草化注7)したオモダカに比べればまだ可愛い方かも知れない。

貯金
■発芽率

 ヒルムシロの発芽率は極端に低い。一説には全結実量の2%と言われている。ここまで低いと「何のために結実するのか」というレベルだ。何のために、は素直に考えれば埋土種子にするためだ。本種はほぼ確実に越冬芽を形成するので、翌年に環境が担保されれば種の存続上の問題はない。越冬芽を含めた植物体が維持できなくなる環境(前述、除草剤や水田の環境変化がそれに当るだろう)となった際に、将来の復活を期する手段として種子を貯金する、というリスクヘッジであると考えられるのだ。

 開花率・結実率は高く、自宅育成の株も毎年確実に開花・結実する。しかし翌年、明らかな実生株と思われるものは見たことがない。2%あれば見られても良いような気もするが、親株が育っていることを感知して発芽を見合わせているようにも思われる。そのようなセンサーがあるのかどうか分かっていないが、挙動から考えれば確実にあるように思われる。


(P)2002年10月 地下茎に形成された越冬芽(fig3)


■復活条件

 シードバンクに残された種子の挙動はまったく分からない。それ以前に水田歩きを始めた20年前の時点では近隣ではすでにヒルムシロの姿を見ることはなく、以前あったのか無かったのか、それも分からない状態であった。湛水の条件は変わっていないが、近年の減農薬、無農薬の流れ(これは主にコストによるものであるが)でも復活は見られない。故に上記したように基盤整備・乾田化も要因としてあげさせて頂いたわけだが、前提条件として埋土種子が存在しなければ100年待っても復活は見られない。
 確実に復活が見られたのが冒頭画像の遊水地である。復活と言い切れるのは他の植物を見るために通い始めた湿地であるが、当初はヒルムシロの姿を見なかったからである。前述のようにハナショウブや園芸スイレンは一生懸命植栽しているが、よもや雑草中の雑草、ヒルムシロを植栽することはないはず。ヒルムシロを植栽するほどのマニア度であれば、今やどこでも見られるとは言い難いシロイヌノヒゲやヒメナエを除草することもないだろう。この管理方針を見ていると、見せたいものは園芸植物であって野草ではない。強い状況証拠とも言うべき根拠だが、ここのヒルムシロに付いては確実にシードバンクからの発芽と考えられる。
 遊水地がらみだが、日本最大の遊水地である渡良瀬遊水地では様々な希少植物が毎年のように復活(ないし伝播)しているが、ヒルムシロ(近似種も含めて)はまったく話を聞かない。もちろん自分でも見ていない。調整池内には無数の池や水路があるが、イヌタヌキモやヒシは見られるもののヒルムシロは見かけたことはない。強力な雑草の復活がないということは元々分布がなかったという良い事例ではないだろうか。

 かつて水田の強害草であったと言われるヒルムシロ、そうであればもっと広範囲で復活が見られても良いはずだ。現実はこの仮定と反するものであるが、理由はもともと分布がないのか、埋土種子の発芽条件が満たされていないのかどちらかだ。私は諸般の状況から後者ではないかと考えている。繰り返しになるが乾田化の進展のためである。
 ヒルムシロの種子がどのような条件でどの程度の期間生命を保つのか不明だが、水田から水が落とされる期間、年の半分以上は乾地である。種子の存続条件が水分であれば完全にアウトだ。また前世紀から長期に渡って散布されてきた除草剤に耐性を持っていなければこれまたアウト、こうして考えるとたとえ種子が残存していたとしても発芽のための良い条件が思い付かない。その反映が目前の光景なのだろうか。

■エネルギー

 貯金の行方、最後の話だが冬季貯金である越冬芽の発芽に付いて。ヒルムシロの越冬芽からの発芽は多くの多年草の発芽と異なり酸素(呼吸エネルギー)を必要としない。むしろ酸素が邪魔になるシステムを持っている。すなわち発芽のためのエネルギー調達はアルコール発酵をその手段としている。そしてエネルギー生産と発芽スピードは無酸素状態で最大となるのだ。
 このことは田植えのために水田に湛水され、土壌が嫌気的(還元状態注8))となった際に発芽することを意味している。土壌に対する人為的な活動の結果もたらされる酸化と還元のタイミングを利用していると見ることもできるだろう。ヒルムシロは沈水葉も持つが(次項で詳説)水槽や屋外で確認してみると非常に白っぽく葉緑素が薄い、すなわち沈水葉の段階でも光合成エネルギーは得ていないと考えられる。近似種のオヒルムシロ(Potamogeton natans Linn.)にいたっては受光面積がほぼない紐状の沈水葉である。この段階までエネルギーを供給できるほどの小型原子炉を内蔵しているのだ。もしかすると湛水直後の濁った水で導電率が高い状況まで想定しているのかも知れない。事象だけ見ると素晴らしく頭の良い植物に見える。

【光合成を行なわない?沈水葉】
ヒルムシロの沈水葉(fig4) オヒルムシロの沈水葉(fig5)

3WAY
■三変化

 最近流行の3WAYバッグ、つまりリュックにもショルダーにも手持ちにもなるというユーティリティバッグは私も使用しているが(流行に弱い)、使ってみると弱点が多い。まずリュックとして使うにはショルダーストラップを外さなければならず、ショルダーはその逆、手持ちバッグとしてはリュック用のストラップが邪魔。(収納式は尚面倒)結局どれか一つのスタイルで使うようになってしまい、3WAYは意味を成さなくなる。

 ヒルムシロの3WAYは、そんな形だけのシロモノとは異なりそれぞれ意味を持っている。沈水葉に付いては前項で触れた通り活発に光合成を行なってエネルギーを得るようなものではないが、それは成長エネルギーの代替調達手段としてアルコール発酵を行っているから、と考えられる。大胆な推測ながら、アルコール発酵は後天的に環境適応の結果として得た機能なのではないだろうか。この結果沈水葉は重要性が低下し、人間の尾てい骨の如き「残滓」として残っているような気がする。


(P)2019年7月 茨城県 ヒルムシロの陸生型(fig6)


 あまり状況が頭に浮かばないが、浮葉を出せないような状況となった時に沈水葉がどうなるのか、非常に興味深い。沈水葉の役割を上記と仮定した場合、葉緑素を生成する遺伝子は残存しているはずなので、リスクヘッジとして沈水植物同様の緑色となり光合成によるエネルギー生産を開始するのではないだろうか。仮に沈水葉が残滓であったとしても元々は役割があったはずで、遺伝子上、形だけ残存し役割が失われていることはないと思う。特に植物にとって光合成は肝となる役割であり、別な場所(主に浮葉)で行うにしても能力はあるわけだ。

 繰り返すが上記はあくまで個人的な推測範疇の話であって確証はない。自生地でも本種は浅水域に集中しており浮葉展開までさほど時間がかからない環境にある。浮葉はかなり早いスピードで展開するので沈水葉が「本来的な」役割を発揮している場面を見ることがない。浮葉を出すヒルムシロ属、オヒルムシロは前述の通りであるが、コバノヒルムシロやホソバミズヒキモも沈水葉は繊細なものしか出さない。

■占有

 ヒルムシロの浮葉は文字通り「際限なく」展開される。個人の狭い育成環境では抽水、湿生を除く他種水生植物との同居は困難である。特に同様の生態的地位を持つと思われる浮葉植物、ヒツジグサ、ジュンサイ、ヒシモドキなどは確実に競合に負けて消滅してしまう。同様の競争力を持つと思われるガガブタなら何とか、と思うが長期的にはどちらかが負けて消滅するかも知れない。
 ヒルムシロの小判型の浮葉は一枚一枚はさほどの大きさはない。長さはせいぜい10cm前後、幅は1〜1.5cm程度だ。しかしヒツジグサやガガブタと異なるのは圧倒的な成長スピードと、1本の葉柄から複数の浮葉が分岐する点で、水面占有のアドバンテージがある。さらに前述の通り田植えのために水田に湛水される頃には発芽し、他の浮葉植物が水面に到達する前に浮葉を広げる。水面で日照を遮られた場合、概して水質は悪化注9)するので他種沈水植物も育たない、という寸法。他の植物に対する競争力という点では非常に優れたシステムである。


(P)2015年8月 茨城県古河市 素掘水路 水面を占有する浮葉(fig7)


■陸生

 3WAY最後の表現型である陸生型、とは言え一般の陸上植物のように畑地や道端に生えるわけではない。陸生型というよりは湿生型である。スペースがなく水際の湿地に進出する場合もあるが、どちらかと言えば水位変動に適応した表現型であると言えるだろう。このことは恒常的に水位変動が発生する攪乱に対応した能力であるともいえる。地形が完全に陸上化してしまえばヒルムシロはもちろん短期間で枯死してしまう。
 同じヒルムシロ属のササバモにもこの能力が見られるが、どちらも里山近くの水位変動が恒常的なため池や用水路の運用に適応したものかも知れない。気中に露出するために葉の表面にはクチクラ注10)が発達し葉面からの水分蒸散を防いでいる。ササバモとガシャモクの交雑種とされるインバモにもこの形質が見られるが、完全な陸生型ではなく異形葉注11)と呼ぶべき草姿となる。

和名由来と生存環境
■水質指標

 本稿、もともと雑談の上に更に雑談に踏み込んでしまうが、ヒルムシロという和名、漢字で書けば「蛭蓆」であり、水辺の不快生物の代表であるヒルの名前を冠している。ヒルは水質指標生物注12)で、汚い水(水質階級V)〜少し汚い水(水質階級U)の指標となっている。
 この分類において非常に難解な生物を気軽に語ることはできないが、経験上実はヒルは種類はともかくきれいな水(水質階級T)にも住んでいる。以前湧水近くの河川(下水道完備地域で汚水の流入はない)で採集したヤナギモにも小型のヒルが付いていたし、地下水を揚水して流す水田用水路に悠然と泳ぐ大型のウマビルは初夏のありふれた光景だ。従ってヒルがいる環境に自生していたとしてもヒルムシロは汚い水に生える植物と言う意味ではない。嫌気的土壌で発芽し、浮葉によって水質を悪化させてしまったとしても最初からそうした環境に生えているわけではない。


(P)2006年7月 比較的きれいな水に住むウマビル(fig8)


■吸血生物の印象

 ヒルムシロという和名が付与された理由は、一般的に「ヒルが住むような場所に生える」ことだとされているが、その「ヒル」はチスイビルのことではないか、というのが大胆な推測注13)である。これも経験上(あまりしたくない経験だが)チスイビルがいるのは面積が狭く、水がよどんでいる沼のような場所が多い。こうした環境にヒルムシロが自生していた場合、前述のように土壌が嫌気的なのはウェルカム、光合成も主に浮葉で行うので導電率注14)も関係ない。この組み合わせが昔はそこかしこで見られた、という理由だと思う。連続した水域がない、いわば「水溜り」のような池沼は埋め立てても何ら影響がなく、次々と道路や住宅地になっていることは全国的な傾向だと思う。

 チスイビル+ヒルムシロの黄金バッテリーが少なくなっているのは上記に加えて 市街地から野生動物が居なくなっていることも因果関係があると思う。野生動物、特にイノシシは古い沼やその岸辺の泥地で泥浴びを行うのでチスイビルにとっては格好のディナーだ。しかし今時市街地にイノシシが出没すれば大騒ぎである。山間部では逆に増えていて農作物に大きな被害を与えているが、少なくても近隣でJRの駅があるレベルの町では聞いたことがない。

 というわけで、チスイビルは生息環境の減少と餌となる動物がいなくなったこと、相方のヒルムシロが減少しているのは水質悪化よりは除草剤の可能性が強そうなこと、そして両者を探すとなるとたぶん一仕事は覚悟しなければならない状態であることは間違いない。近未来的に和名の元となった生物も和名付与された植物も消え去ってしまうような気がしてきた。



【ヒルムシロが去った県内の池】

(1)小美玉市の池花池
僅かに残存していた2006年当時(fig9) 園芸スイレンの目立つ池の全景(fig10)

(2)桜川市の上野沼
園芸スイレンに包囲されつつ残存していた2007年当時(fig11) 水質が悪化しオオマリコケムシの群体が目立つ(fig12)
脚注

(*1) 減反と言いつつ助成金が出たり米価を安定させていたり、元々は護送船団方式であった稲作がいきなり自由化という競争社会に放り出されたのが暴挙。品質や価格など競争社会では当たり前の考え方が、長年親方日の丸に慣れ親しんだ人達が理解し対応できるだろうか。米の生産量を奪い合う時代を歴史として持っている国なのに、今や稲作を潰そうとしているとしか思えない。国民の「米離れ」も顕著だというが、小麦は欧米の戦略物質だということが分かっているのだろうか。2019年には日米貿易交渉でアメリカの余剰の小麦を買わされているが、情けないとしか言いようがない。

(*2) 2006年3月に東茨城郡小川町、美野里町と新治郡玉里村が合併して出来た市。合併前のそれぞれの町村の最初の一文字を繋げた市名となっており(読みも一緒、おみたま)、暫くは地元民でも訳分からん状態だった。個人的な感想だがこの市名は安直かつ不細工だと思う。隣の芝生ではないが、千葉県の合併は匝瑳市とか山武市とか気が利いている、と考えていたが、最近では他県の人間が読めない地名にしてどうするんだ、と思うようになった。

(*3) 桜川市が合併によって成立した際に、霞ヶ浦方面によく写真を撮りに行っていた稲敷郡桜川村(現稲敷市)との関連性が整理できず、桜川市と聞くと霞ヶ浦が頭に浮かんできていまだに混乱する。2005年に西茨城郡岩瀬町及び真壁郡真壁町・大和村が合併して成立した市だが、その数ヶ月前に桜川村が稲敷市となって消滅していたためにすんなり市名となったようだ。たしかに桜川市には桜川という小さな河川(一応、一級河川)は流れているが市の名称となるほどの特徴はない。そして困ったことにこの桜川は桜川市が源流で、旧桜川村で霞ヶ浦に合流している。大混乱である。そもそも県民でさえ混乱するような名称を名乗ってどうする、という意見もあるが、元々の町村も他県や外国から観光で来るような場所ではなく、大局的な影響はない。それはそれで悲しいが、総括すれば何を名乗っても大したことがない田舎、ということだろう。

(*4) アサザ基金VS山室真澄先生の議論を見ていて納得したのはアサザによる酸欠と水質悪化の部分。アサザに限らずヒルムシロでもガガブタでもジュンサイでも、浮葉が水面を覆ってしまえば水質は確実に悪化する。これは理屈ではなく実際の育成者なら分かる「事実」である。この環境では酸欠によってメダカは育たず、他の沈水植物も絶えてしまう。純然たる事実。しかし個人の猫の額のような育成環境とは異なり、湖沼では全面的に水面が覆われることはなく(小さな野池でヒシが全面的に水面を覆うことはあるが)水の流通はあるはずなので、また違う理論となることも理解できる。小さな実験環境と広大な自然環境では自ずと結果が異なることも理解できる。

(*5) 農業基盤整備のうち、圃場整備。区画整理、用排水施設、農道、客土、暗渠排水などによる整備事業である。一つの狙いとしては米の生産量を調整するために容易に畑作に転換できる「基盤」を造る狙いがあり、要するに乾田化とセットになっている。この流れは言うまでもなく多様性の敵であるが、事業者たる農家はそれどころの話ではなく、稲作が立ちいかなくなる現実に対する一つのリスクヘッジとなっている。基盤整備された圃場は外見的にひと目で分かるが、大体において希少な水生植物が見つかる確率が低く、無駄な探査をしなくて良い、という「我々的な」指標にもなっている。

(*6) 中干しは稲の実(米)を充実させるために土壌を還元から酸化状態に切り替えるために、水田から排水を行う事である。これによって土壌の嫌気的な有毒ガスを除去し、酸素を供給することで根の活性を高めることができる。この作業は水栓一つで水を排水できる乾田ならではの機能であり、収穫量の増大が可能になっている。時期的には概ね稲刈り前の半月〜1ヵ月前ぐらいだが、この時期に成長期を迎える沈水植物の水田雑草は枯死してしまう。乾田でも見られるシャジクモ(広義)は中干し前に胞子を生成しこの環境で世代交代を図っているが、これは例外であり、多くの沈水植物、ミズオオバコやスブタは乾田では見ることができない。

(*7) 近年問題となっているスーパー雑草化したオモダカ。発生量が多い上にでかい、成長スピードが速い、除草剤が効かない、と三拍子揃った、まさに「スーパー」な雑草であるが、こうなった原因は遺伝子組み換え作物にあると言われている。つまり早く多く収穫でき除草剤を散布しても影響がないという経済性を持った改良作物の遺伝子を受粉を通して取り込んでしまった、というロジック。こんなものが水田に入り込んでしまうと養分収奪が大きいために米の収穫量が落ち、ただでさえギリギリの水田経済は確実に赤字に落ち込んでしまう。人間の生活にも大きな影響を与えてしまう、まさに恐ろしい「スーパー」雑草だ。

(*8) 対義語は酸化で、本来的な意味は酸化が酸素と結びつくか水素を奪われること、で還元は逆の状態、もちろん水田土壌中でも同様の変化が起きている。水田に湛水されることにより土壌中の酸素が少なくなり土壌微生物も好気性菌から嫌気性菌へと比率が変わる。土壌中にある種子や根茎、越冬芽などが発芽のための呼吸が困難になる。
 ちなみに園芸やアクアリウムで活力剤として用いられる二価鉄は還元状態の鉄の遷移形態であり好気的環境下、園芸植物の鉢植え表層土や光合成を盛んに行うアクアリウム水槽内などではすぐに酸化して三価鉄に遷移してしまうと考えられる。実際に効果があるのかないのか悩ましい物質だが、ボトルの蓋を開け閉めして酸素を入れるだけでも遷移は進むはずで、商品価格の高さと相まって購入には二の足を踏んでしまう。

(*9) このことは育成下でも体感できるが、浮葉植物の比率が高い睡蓮鉢は見るからに水質が悪化する。理屈としては水中に多くの葉柄、水面に浮葉が蓋をすることで水がよどみ、水中に酸素が枯渇してしまうことが引き金になる。その結果、植物が窒素を吸収することもなく、窒素はアンモニア態として検出されるようになる、という流れ。こうして考えると湖沼の植生浄化という方法論には大きな疑問符が付く。間違っているかも知れないが、水質が良いから水生植物が育つのであって、水質の悪化を水生植物で改善しようとするのは本末転倒であるように思われる。

(*10) 元はラテン語でCuticula、英語の発音はキューティクル、要するに角皮のこと。植物に限らず生物全般、人間の髪の毛の表層角皮もこう呼称される。水生植物の場合には重要な部分であり、水分蒸散の危険がない沈水植物には生成されないが、ヒルムシロのように陸生型(気中葉)を形成する場合には前述目的のために生成される。すなわち「水草」としての分岐点になる。水草という定義において確たるものがないが、水中生活をおくるもの、と解釈した際にクチクラの有無が重要な分岐点になるのではないか、と個人的には考えている。

(*11) 読みは「いけいよう」、定義としては「同一の植物体から生じた通常とは形の異なった葉」であるが、これだと概念が広すぎて必ずしも本質を表現しない。ヒルムシロの場合、「通常」は浮葉と考えられるが、この場合沈水葉や気中葉は異形葉となる。(しかし最初に出るのは沈水葉だ)同属のホソバミズヒキモを考えてみると浮葉を出す場合と出さない場合があり、浮葉が異形葉となる。表現型が複数ある場合に「通常」をどう考えるか、という点が分岐点となる。インバモに付いては「異形葉」と表現したが沈水葉が水面に到達し微妙に見かけが変わる程度で、人為的に水没させるとすぐに沈水葉に戻るので、微妙と言えば微妙。

(*12) 水質の指標は、綺麗な順にT=きれいな水、U=少しきたない水、V=きたない水、W=大変きたない水、で示される。それぞれ指標となる生物が示されており、水質指標Tにはウズムシ類、サワガニ、ブヨ類、カワゲラ類、ヤマトビケラ類、ヒラタカゲロウ類、ヘビトンボ類(水質指標Uに被る)、トビケラ類(水質指標Uに被る)、カゲロウ類(水質指標Uに被る)、水質指標Uにはヒラタドロムシ類(水質指標Tに被る)、サホコカゲロウ(水質指標Vに被る)、ヒル類(水質指標Vに被る)、ミズムシ(水質指標Vに被る)、水質指標Vにはサカマキガイ(水質指標Wに被る)、水質指標Wにはセスジユスリカ(水質指標Vに被る)、イトミミズ類(水質指標Vに被る)などがあげられている。この指標の通り、ヒル類は必ずしも絶望的に汚れた水域に生息するわけではない。

(*13) 一応それなりの根拠はあって、一般的に「ヒル」は吸血するものと考えられており、このヒルムシロという和名を付与する際の脳裏にはチスイビルがあったのではないか、ということ。種類の多いヒルのなかで吸血するものは限られており、水生のチスイビルと陸生のヤマビルぐらい。水草を採集して持ち帰るとよく一緒に付いてくる小型の連中は小さな貝類を餌とし、人間には基本的に無害である。(心情的な嫌悪感は別として)それよりも圧倒的に種類も量も多い無害のヒルは土中や水草の根に隠れており、我々のように水草を採集する変わり者以外は目にすることもないだろう。という考え方でヒルムシロの「ヒル」はチスイビルではないかと推測した。

(*14) または電気伝導率(electrical conductivity)と呼ばれる。物質中における電気伝導のしやすさを表す物性量で単位はS/m(ジーメンス毎メートル)。一般に理学系では「電気伝導率」、工学系では「導電率」と呼ばれる傾向があるそうだが、アクアリウムの指標としては導電率が多いように思う。導電率が大きければ水中に水以外の電気を通す物質が多いということで、すなわち光の透過率も下がる。沈水植物にとって光合成の不利となることで生育上の阻害要因である。アクアリウムでなじみのある物質、Ca(カルシウム)やMg(マグネシウム)もそれぞれ大きな数値を示す。


【Photo Data】
・OLYMPUS OM-D E-M10 + M.ZUIKO DIGITAL14-42mm *2019.07.13(fig1,fig2,fig6)
・Nikon CoolPix E5000 *2002.10.27(fig3) *2002.06.23(fig4)
・Nikon CoolPix P330 *2014.03.16(fig5)
・Canon PowerShotS120 *2015.08.13(fig7)
・Canon EOS30D + SIGMA17-70mm *2006.07.08(fig8) *2006.07.22(fig9,fig10)
・Canon EOS KissDigital N + SIGMA17-70mm *2007.08.04(fig11,fig12)
Weed Potamogeton distinctus Linn.
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