日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
フタバムグラ
(C)半夏堂
Weed Hedyotis diffusa Willd.

アカネ科フタバムグラ属 フタバムグラ 学名 Hedyotis diffusa Willd.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2014年8月 茨城県取手市 耕作水田

【フタバムグラ】
*アカネ科の湿地植物としては最小の部類に入る植物。ムグラは葎という古語であり「叢、ブッシュ、繁み」的ニュアンスを持つ言葉で、その通りヤエムグラやカナムグラなど自己主張の強い植物に付与される傾向がある。フタバムグラはムグラながら群生しないし、そもそも小さいので目立つこともない。なぜ「ムグラ」を名乗っているのか不思議。
 当地では主に水田の畦際にポツポツと生えている。最近の手入れがあまりされていない水田では、畦際はイヌホタルイやアメリカキカシグサに占拠されてしまい、このフタバムグラやキカシグサなど小さな植物を見ることができない。こうして写真を見ても他の植物があまり進出していない「空き地」のような場所なので、あまり競合に強い植物ではないのかも知れない。

薬効

白花蛇舌草


 水田雑草の中でも最も小型の部類に入り、目立たない草体や花を持つフタバムグラだが、白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)という、漢字で書けばおどろおどろしい、口に出せば舌を噛む早口言葉のような異名を持っている。異名と言ってもシノニム注1)の類ではなく、漢方薬、生薬としての名前である。

 人生の一定部分、コメディカル注2)の家内ともども医療機関で飯を食っている立場でナニだが、個人的に病院で処方されたりマツキヨで売っている薬よりこの手のモノの方が好きである。
 前者は科学的に合成され臨床試験を繰り返して薬効が明らか、稀に起きる薬害を考慮に入れなければ信頼すべき製品であることは十分承知の上だが、民間療法や漢方で用いる植物には何か期待以上の効果があるような「気がする」のである。末端とは言え自然科学を語る文章で加持祈祷迷信無知蒙昧範疇の話を語るのも気が引けるが、個人的に好きだ、というレベルの話なのでご容赦願いたい。
 また「子は怪力乱神を語らず」と言うが、自分は孔子のような君子ではないので平気で語ってしまうのである。と言うかそうした範疇の話も取り込んでいかないとこういう記事は成立しないのである。植物体の特徴や見分け方、生活環だけとなると極めて限られた範囲になり、またそうした内容なら図鑑を見れば十分だ。

 しかし一概に迷信とも言い切れないのは、長年薄々効果が認識されつつも近年になって「やはり!」と解明された天然由来の食品に植物由来のものが圧倒的に多いからだ。病気のなかで何が怖いって、筆頭は即死する心筋梗塞、脳梗塞だろう。だらけた食生活を続ければ誰でも可能性はあって、今この時にも大動脈のプラーク注3)が剥離して冠動脈や脳動脈を閉塞するかも知れない。そうなった時、遺言する時間も死後見られたくないものを処分する時間も、ぜひお別れを言いたい人と最後に語ることも何もできないのだ。
 この恐ろしい即死可能性の病気のリスクを下げる、つまりコレステロールを下げる成分として知られるようになったのが食物繊維、ポリフェノール、レシチン、オレイン酸などで、ほとんどが植物由来だ。最近流行の健康番組でやれ高ポリフェノールのチョコレートだ、やれクルミを常食するとリスク軽減が、とやる度にスーパーの陳列棚がスカスカになる。私が大好きなエゴマ油も一時ブームとなって入手難の時期があった。この購買行動もいい加減アホだが、それだけ皆、健康に関心が強いということなのか。冷静に考えれば病気の原因を作らない、元から絶たなきゃダメだがそうも言っていられないのだろう。同じアホなら食わなきゃ損、損ってやつか。

 話は徐々に草に向かって行くが、生態系では生態系被害防止外来種、爆発的な繁殖力を持つオランダガラシ(クレソン)はアメリカの専門機関注4)の分析調査で、世界で最も各種栄養価に優れた「野菜」として選出された。その後の研究で癌の予防効果まで実証されたという、まさに野菜の王様的ポジションを獲得している。環境面での評価とは真逆であるが、「邪魔だ邪魔だの」はびこり外来種は視野を広げれば宝の山であったという話。その他にも邪魔にされ、何気に除草されている雑草の中にも、高価な薬品も及ばない優れた薬草が見つかるのではないか、という期待、これが「この手のモノの方が好き」の本質なのである。

 そんななかで、地味ながら薬効に注目され出したのが本種フタバムグラである。冒頭に記した白花蛇舌草という漢方名が付いている通り漢方薬としては知られた存在であったようだが、最近の分析でヘントリアコンタン、ウルソール酸、オレアノール酸、クマリンなどの成分が確認されたという。それぞれがどういう働きで何に効くのか知らないが、トータルな効果としてモノの本には「肝臓機能を向上させ、血液循環を促進し、白血球やマクロファージ注5)の機能を著しく向上させ、リンパ球の数や働きを増して免疫力を高める」機能があるとされる。要するに抗ガン作用も期待できるという優れた薬草であることが分かった、ということ。
 TVで特集される度にスーパーから特定の商品が消えるような一般消費行動を見ていると、水田畦際にフタバムグラを血眼で探す人々が群がっても不思議はないが、今のところ田んぼを散歩してもそうした動きは見ないし、フタバムグラも採集された様子もなく生えている。これだけの効果がありつつ、しかも無料。フタバムグラは乾燥させて保存も効くようなので、採るなら独占的に採集できる今、ですぞ。


(P)2014年8月 茨城県取手市 耕作水田

種の概念

ナガエはあり?なし?


 前項で触れた薬効成分は変わらないと思うが、フタバムグラの「変種」にナガエフタバムグラという「種」がある。なぜいちいち変種や種に「」が付いているのかというと、自分で水生植物図譜に独立して解説しておいて何だが、どうも種としての妥当性が感じられないからである。なにしろ差異がほぼない。水生植物図譜にはまさに自分でもこのように記述している。(では書く必要がないではないか、と指摘されそうだ)

「フタバムグラの花柄が長い程度、という極めてアバウトな「種」である。アバウトなのは柄の長さで、ほとんど無いフタバムグラに比し、5mm以上あればこう呼ぶらしい。しかし4.5mmの場合どうするのか、5.5mmのものと「種」として区分する意味があるのか、というとたぶん無い」

 この記事を書いたのは大分前だが、今書くとしてもおそらく内容は同じである。たとえば他種、ミズオオバコ(トチカガミ科)は育つ環境の水深を察知して草体の大きさ、つまり花茎を水面上に出せる草体を形成するが、以前は水深のある環境で大型化するものをオオミズバコとしていたようだ。当然と言えば当然だが、これは現在区別されておらず同一の種とされている。
 花柄の長さという変異が存在する部位でmm単位で種として区別することに意味があるのかというと、たぶんない。上記ミズオオバコ、オオミズオオバコと同じ類の話だと思う。(もちろんフタバムグラは湿生が普通の状態なので水深云々は関係がない)しかし世界共通である学名上は以下の通り「種」として区分されているのだ。

・フタバムグラ Hedyotis diffusa Willd.
・ナガエフタバムグラ Hedyotis diffusa Willd. var.longipes Nakai

 この事に対して異議を唱えるとか文句をたれよう、ということではない。植物分類(被子植物)に関してはゲノム解析によっておそらくパーマネントに最終的な分類になるであろうAPG分類が進んでいるが、こと「種」に関してはそのまま、だと思う。APG分類に付いては水生植物図譜に併記しているが「新分類上、種が消滅した」「統合された」という例は確認していない。APG分類はあくまで「分類」であって「種」を分析し統廃合を行うという作業は含まれていない。(と、推測する)
 ナガエフタバムグラは「種」として学名が付与されている以上「種」であってAPGV注6)上、アカネ科の植物種として認識されている。今後もおそらくこのままだろう。その点は上記の通り何も異論はない。ミズオオバコの花柄は環境要因による変異、フタバムグラの花柄は「ある、ない」という明確な植物的特徴、と考えれば納得できなくもない。しかし「できなくもない」レベルであって不承不承的ニュアンスは強調しておきたいのだ。

 ナガエフタバムグラの「種」としての判断はスタティックな状態、つまり当該年度の草体を比較すればその時点の差異は明らかながら、問題は連続性があるかどうか、という点に集約される。花柄の長さが環境要因に支配されないという証明が必要なのだ。この点において自分では通年育成しておらず裏が取れていない所はお詫びしたいが、自生地の観察では花柄の長さはまちまちな印象であった。
 その基準によって種の判断を行っているのがylist(日本植物学名検索システム)で、ナガエフタバムグラに付いては花柄の長さに連続性がないという理由で独立した種としては扱っていない。だからという訳ではないが、個人的にはこの理由に十分妥当性があって、変種ではなく種内変種として扱った方がよいような気がする。


(P)2010年8月 茨城県取手市 耕作水田 ナガエフタバムグラの花柄

ムグラになるムグラ、ならないムグラ

ブッシュ


 冒頭で触れたようにアカネ科の多くの種、というか属名からして「ムグラ」という名前が付いている。(オオフタバムグラ属、フタバムグラ属、ヤエムグラ属)ムグラは漢字で書けば「葎」で、元々の意味は「広い範囲にわたって生い茂る雑草、茂み」で、擬音として表現すればワサワサモサモサってところか。たしかに道端に生えているカナムグラやヤエムグラは重なり合い絡み合って「ムグラ」状態となっている。

 一方、水生のアカネ科植物の多くはとても「ムグラ」とは呼べないようなスカスカの状態だ。ホソバノヨツバムグラ、ハナムグラ注7)、とどめは本種フタバムグラ。フタバムグラの場合その傾向が突出しており、他種ムグラに比べて極端に草体が小さい。葉も細く疎らなので、何十株集まったとしても「広い範囲にわたって生い茂る雑草、茂み」にはならない。
 一方、ホソバノヨツバムグラやハナムグラも密集した群落として自生することはあまりなく、独立して生えることが多い。ハナムグラにいたっては立派な絶滅危惧種であり、当地に多く自生するとは言っても純群落を形成するほどの株数はない。この環境で「ムグラ」なのはやはりアシやカサスゲなどである。

 ところが近年帰化したメリケンムグラやオオフタバムグラは草体もある程度大きい上に群生するので「ムグラ」そのもののイメージがある。帰化種特有のあつかましさもあると思うが「広い範囲にわたって生い茂る」ために生態系に影響を与えかねない繁茂っぷりだ。今のところ外来生物法上の指定はないが、定着している場所を見ると在来の植物に多大な迷惑をかけている。その意味ではまさに言葉通り「ムグラ」だ。

 別な情報では「ムグラ」はカナムグラの別称という話がある。カナムグラ(Humulus japonicus)は他のムグラと異なりアカネ科ではなくアサ科に分類される植物だが、ある意味最もムグラ的植物らしい。荒地などで立木に絡みつき覆いかぶさり「広い範囲にわたって生い茂る」という2次元的広がりに加えて3次元的広がりを持っている。それも遠目には小さな山のように見えるほど繁茂する。
 カナムグラにはもう一つの暗側面があり、花粉症の原因になるようだ。それも春のシーズンではなく夏秋の8〜10月に。色々なアレルギーを持つ身であるので非常に気になる情報だが、最近8月以降によく風邪をひく。鼻と喉に違和感があり皮膚と目にも痒みを感じる時もある。ひょっとしたらこいつが原因かも知れない。

 最後に話が戻るが、最もムグラらしくないフタバムグラ。前述の通り漢方「白花蛇舌草」であるが、加えて言えば数ある薬草のなかで最も薬草らしくないスタイリングをしている。こんな小さな薬草らしくない植物をよく薬草として試した人がいたもんだと感心する。納豆という食べ物も見出されたのは偶発的注8)らしいが、偶発的というか、勝手に発酵したものをはじめて食した人は偉人だと思う。なにしろ「発酵」と言えば健康食品、聞こえが良いが要は腐敗の一種である。自分は水戸出身の人間なので納豆は主食のようなものだが、それにしてもどこかの農家の納屋で大豆が自然発酵したものを食べる勇気はない。


 今後の研究に拠ると思うが抗ガン作用の可能性まである薬草フタバムグラ、場合によっては将来この植物に命を救われる人間も多数いるのかも知れない。しかしフタバムグラは絶滅危惧種ではないがそれほど多い水田雑草ではない。当地ではアメリカキカグサやヒレタゴボウの圧迫も受けているし、畦近くに生える宿命として除草の対象にもなっている。この小さな植物を見ていると文字では理解したつもりになった生物多様性の意義、何となく実感として分かったような気になる。生物多様性の意義とは「情けは他人のためならず」、まさに人類自身のため、ってこと。人類の将来に関わる生物多様性がいとも簡単に損なわれる風景は見たくないもんだ。


(P)2011年8月 茨城県取手市 耕作水田 フタバムグラの成長点

脚注

(*1) synonym。生物学と情報処理の世界で用いられる用語。生物(植物)学では異名(同物異名)である。同じ植物に複数の名前が付いていること。国際植物命名規約には同タイプ異名(nomenclatural synonym)と異タイプ異名(heterotypic synonym)があり、こうした事態が起きる原因は、新種記載されている植物を別種と勘違いして記載したり、亜種や変種と判断して記載したものが見直しで独立種になったり、様々なものがある。

(*2) 英語表記ではco-medicalだが、これは和製英語のようだ。医師以外の看護師を含む医療従事者の総称で具体的職種としては臨床検査技師、放射線技師、薬剤師、作業療法士、理学療法士、保健師など広範な職種を含む。新しい所では医者の仕事を軽減するという、信じがたい理由から生まれた「医療クラーク」なんてのもある。また病院にもよるが、職種を医師、看護師、コメディカルと、看護師を独立させる場合もある。

(*3) 血管内膜の動脈硬化による部分的な肥厚。プラークが破れると、その箇所に血栓が出来て血流が途絶え、心筋梗塞や脳梗塞が起こる。原因の大部分はコレステロールとされるが、悪玉LDLがプラークの原因となる一方、善玉HDLはプラークからコレステロールを抜きとる働きがあり、動脈硬化を解消する。健康診断結果には独立して数字が示されるが、どちらも正常範囲に収まらなくてもすぐにどうだ、という事はない。

(*4) アメリカ、ニュージャージー州のウィリアム・パターソン大学の研究者が野菜に含まれる17種類の必須栄養素の含有量を調査し、それぞれスコア化してランキングを付けた所、クレソンがスコア100点を獲得して第1位となった。また、この研究結果がアメリカ疾病予防管理センター(CDC)の機関誌にも掲載されている。またクレソンには抗酸化作用を持つイソチオシアネートが含まれており有害な活性酸素を無害化してガン予防につながる、と言われている。

(*5) 白血球の1種とされる。食細胞で、死んだ細胞や変性物質、侵入した細菌などの異物を捕食する。免疫機能の中心的役割を担う細胞である。普段から免疫力を上げるためには、にんにく、納豆、小松菜、長芋、鶏肉、リンゴ、ヨーグルトなどの食品が効果があるとされている。

(*6) APG分類体系のバージョン3、2002年のAPGUから7年後の2009年に更新された。主な変更点は、・所属不明であった科・属の多くが所属確定、・解析が進んだことによる所属変更、など。2016年には最新版のAPGIVが公開されている。

(*7) どちらも湿地性のヤエムグラ属植物。絶滅危惧種のハナムグラは当然だが、ホソバノヨツバムグラも微妙に減少しているような気がする。当地ではそもそも自然度の高い湿地自体が減少しているのでリンクした話だと思うが、最近では滅多にお目にかかれなくなった気がする。もともと両種ともあまり群生する植物ではないので「探さないと見つからない」ものであることはたしかだ。

(*8) 一説には八幡太郎義家(源義家)が東北遠征した際に食料として携行した大豆が意図せずに発酵してしまい、試しに食ったらうまかった、それが水戸付近だったので名産地になった、という話がある。出身者としては推したい説だが、しかしそれはどうやら嘘っぽい。最近の研究では弥生時代から存在したらしい、という説もある。文献として確認できるのは11世紀半ば頃に藤原明衡が書いた「新猿楽記」という書物で文中に「腐水葱香疾大根舂塩辛納豆」という言葉が出てくる。
 脚注5にあるように納豆は免疫力を上げる有力な食品の一つであり、健康食品である。健康食品でありながら原料の多くは輸入大豆である。原料表示に「遺伝子組み換えではない」と書かれているが、実は遺伝子組み換えであっても原料重量の5%未満であれば表示義務がなく、おまけに醤油や大豆油などは表示義務がない。納豆に醤油かけて、とやった場合に最大納豆の5%+醤油の100%は遺伝子組み換え食品を口にしていることになる。健康食品がこれで良いのだろうか。


【Photo Data】
・SONY DSC-RX100 *2014.8.31
・PENTAX OptioW90 *2010.8.31 *2011.8.29
Weed Hedyotis diffusa Willd.
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