日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
アシカキ
(C)半夏堂
Weed Leersia japonica Makino

イネ科サヤヌカグサ属 アシカキ 学名 Leersia japonica Makino
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2010年6月 茨城県取手市 農業用素掘り水路

【アシカキ】
*水田地帯のイネ科雑草の代表的存在。雑草として面目躍如なのは足を掻く程度に留まらず、あの強力なキシュウスズメノヒエを枯らせる除草剤が本種に対して無力、ということ。引き抜こうが焼こうが、根の一部でも残存すれば復活するというしぶとさ。おまけに葉枯病になってイネにも病気を誘発する(本文参照)という、百害あって一利なしの文字通りの「雑草」だ。
 人間にとってはどうしようもない植物だが、水田水路の生き物にとっては有用なようだ。水路際を歩いているとメダカの群れが人影を察知してアシカキの茂みに隠れる。隠れ家として、また卵を産む繁殖場所として活用しているようだ。

シケイン系和名

物理的にも邪魔


 アシカキはその和名由来が「足掻き」であり、農作業で水田や水路に入る人間の足を、ざらつく植物体で「掻く」ことに由来するという。水田雑草の多くが形状や形質に由来する和名注1)を持つ中で、ある意味珍しい和名付与パターンである。逆に考えれば昔からそれだけ邪魔くさい雑草だった、ということだろうか。植物体を手に取ってみると、「痒い所を掻く」ではなく、どちらかというと「引っ掻く」印象が強い。現在はともかく、昔は引っ掻いて出血でもすれば血の匂いをかぎつける奴等も居たことだろうし、二次被害も誘発してしまう可能性もあっただろう。

 従来アシカキは水田内での発生はほとんどない、とされていたが、それは根本がどこにあるかという観点での話であり、水田内にも伸長した匍匐茎が侵入する。畦に根があって水田の養分収奪がないとしても匍匐茎が入り込めば作業の邪魔になったり、後述するようにイネに病気を誘発させたり、稲作にとっては大きな害があることは間違いない。

 イネ科の水田雑草は10数種類が知られているが、害の大きいキシュウスズメノヒエ(生態系被害防止外来種)に対してはシハロホップブチル剤注2)による防除法が効果が大きく散布による防除が可能であるが、本剤はアシカキに対しては効果が低く、除草剤の数次散布など費用負担と手作業による除草という作業負担が強いられる結果となっている。かと言って放置すれば害は件の通り、稲作農家にとっては天敵のような存在だ。

逆転現象


 このように厄介な雑草だが、驚くべき話ながらいくつかの都県で絶滅危惧種となっている。(参考:植物レッドデータブックCOMPLETE)これによれば宮城県がN(要注意種)、東京都がA(絶滅の危機に瀕している)、長野県、京都府がNT(準絶滅危惧)、鹿児島県がVU(絶滅危惧種U類)、沖縄県がCR(絶滅危惧TA類)である。にわかに信じがたいが、水田そのものが「絶滅の危機に瀕している」東京都や沖縄県(水田からサトウキビ畑に転作が大規模に行われた)はともかく、元々分布に濃淡がある植物なのかも知れない。
 水田雑草なので水田があればどこにでもある、と考えるのは誤りで、地域によっては問題となるほどの強害草となっているクログワイやタイワンヤマイ(どちらもカヤツリグサ科)は当地ではあまり見られない。しかし両種も当地の水田に侵入すれば大繁茂まで行かないまでもそこそこ定着するのは明らかで(定着しない理由が見つからない)、これを考えれば元々の分布という説は十分に納得性がある。当地の狭い範囲の話だが、絶滅危惧種のミズネコノオやミズマツバよりもクログワイやタイワンヤマイの方が見つかりにくい注3)。地域限定評価ならむしろ後者の方が絶滅危惧種である。

 アシカキに似た雑草にウキシバ(Pseudoraphis ukishiba Ohwi、ウキシバ属)という種がある。これも普遍的な雑草であると思っていたが、都道府県版RDBはこの通り。アシカキ以上に、というかデータを見る限り全国的な危急種に見える。生態的に競合しそうなのはナガエツルノゲイトウだと思うが、千葉県でも茨城県でも生息域がかぶりつつ、つまりナガエツルノゲイトウの侵攻が急で、この意味では危急種になってしまう恐れは十分以上にあると思われる。
 考えてみれば現在の水田雑草の絶滅危惧種も以前は濃淡はあれど普通の雑草だったわけで、乾田化や除草剤や何やらの要因によって減少したわけである。その要因の一つが外来生物になっただけ。もちろん生物多様性の観点は重要であり外来種の防除は必要である。しかしその影響がどこでどう出るか、それも含めての栄枯盛衰だと思う。


(P)2011年7月 茨城県取手市 耕作水田 花序

強い再生力

強力復活


 希少であるかどうかは別として、アシカキは駆除対象の雑草である。上記のように他の強力なイネ科雑草に効果が高い除草剤も本種アシカキには効かない、という場合もある。では手で除草しなければならないか、というとこれも微妙だ。気候変動の故か、除草時期である夏に野外作業が適さなくなっている、さらに作業主体も高齢化が進んでいる、という事情は大きいが、他に決定的な理由がある。

 結論から書けばアシカキは分化全能性注4)が高く、外来生物であるミズヒマワリやオオフサモと同様の慎重な防除を行わなければ完全防除にいたらない、ということなのだ。根茎や越冬芽はもちろん、切断された草体からも再生芽が生じる。電動草刈り機で適当にチャッチャとやってお終い、というわけにはいかない。この点、ナガエツルノゲイトウやミズヒマワリ、オオフサモが拡大した経緯と変わらないが、今のところ彼ら特定外来生物と異なるのは農業への害は直接間接にありつつも在来種であって影響が「環境への影響」ではなく収入に直結する「収量への影響」である点で、農家にとってはより切実な問題となっている。

 アシカキで懸念されるのは水田に侵入した際に想定される養分収奪もさることながら、アシカキに発生した葉枯病注5)がイネのごま葉枯病を誘発するという事態で、すでに事例も出てきていると言う。雑草に病気が発生してイネにうつるとは泣くに泣けない状況だ。しかも病気の元を防除しようとしても上記のように強力に復活する。やはり本質は絶滅を危惧するようなものではなく、防除しなければならない雑草であることは動かない。
 イネに病害をもたらすものはウンカ(イネ縞葉枯病)、カメムシ(斑点米)など昆虫類が知られており、だからこそ殺虫剤の必要性があるわけだが、植物にまで病気を持ち込まれるとなれば除草剤もケチるわけにはいかない。他記事でも書いたが、他科の植物には一発剤に耐性を持ったものが出現している。それらに加え、イネ科のキシュウスズメノヒエにはこれ、アシカキにはこれ、とやっていればコストの苦しい稲作は赤字確定である。赤字を作るために雑草と戦うのは意味がない。

 近年、病虫害に強いイネの品種をDNAマーカー育種注6)という技術を使って作出している。これにより致命的な病虫害であるトビイロウンカ(吸汁害によりイネが枯死にいたる)、縞葉枯病(ウイルス性の病害。ウイルスはヒメトビウンカを宿主とし稲を吸汁することで感染・発病する)、穂いもち(糸状菌による。穂に発病し実が入らなくなる)などを薬剤を用いることなく防止できるという。
 しかし、である。これらの技術が永続するかというと疑問もある。特にウィルスに付いては毎年姿を変えるインフルエンザウィルスのように、また他の生物に付いても短期間に一発剤に対する耐性を身に付けたように、イタチごっこになる可能性があると思う。アシカキがもたらす病害も今後被害が顕在化すれば類似の対策が成されると思うが、それですべて安心、というわけにはいかないだろう。


(P)2011年7月 茨城県取手市 農業用素掘り水路

除草剤危険性の評価

農薬は安全か


 話を元に戻す。アシカキを除草剤で防除する件に付いて。アシカキは根を畦や水路際に置き、水田に対しては匍匐茎を伸長させることで被害をもたらす。水田内を除草しても根が残存すれば効果は望めないが、畦や水路際にも除草剤を散布するような贅沢ができる事業者は限られるだろう。
 こうした現状に対し、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構では、(「」内同サイトより引用)「ベンゾビシクロン、ピラクロニルを含む水稲用除草剤を水田内に散布することにより水田内へ侵入する匍匐茎の伸長を抑制できる」と方法論を示している。
 SU剤抵抗性雑草注7)の出現によって初期剤、中期剤が復活しキシュウスズメノヒエにはこれ、アシカキにはあれ、と一時の減農薬、無農薬の流れが止まってしまった感があるが、コスト問題はともかくとして、生産の効率化は農業に限らず事業者の権利なので仕方がないところ。しかし気になるのは言わば「薬漬け」となった水田で生産される米の安全性と周囲の環境への影響である。

 米の安全性に付いて。

・除草剤を稲の根の深度を避けて設計しており、稲の吸収がほぼない、とされている
・農林水産省の公開データですべての検体が残留農薬ゼロとなっている

ことを信じるとしよう。この手の情報を鵜呑みにするのは危険だと思うが、信じなければ何も食べられなくなってしまう。ちなみに最近ニュースネタにもなっている「遺伝子組み換え農産物」。農産加工品、豆腐や納豆の原料表示に「アメリカ産大豆(遺伝子組み換えではない)」と書いてあっても一定比率までなら遺伝子組み換え農産物を使用しても表示義務がないことをご存じだろうか?そもそもの話、遺伝子組み換え農産物をどの程度摂取するとどういう害があるのかも分からない。それで「何%までは安全」と言われても信じようがないではないか。こういう状況もあるので、食品の安全性は「信じる、信じない」のレベルになってきたような気がする。
 閑話休題。水田周辺への農薬の影響に付いて。周辺とは言いつつも水田の排水は水路から河川に合流、場合によって湖沼を経由し海にいたる。けっして「周辺」ではないが、そこまで考えると複雑系注8)の議論となって収拾が付かなくなってしまう。この問題に関し、農業サイドは方法論としてどのように考えているのだろうか。

 公益財団法人日本植物調節剤研究協会の技術ページに、まさにこの問題を扱った情報が存在する。詳しい内容はリンク先をご覧頂くとして、水稲用除草剤の流出防止は基本的に「水管理の徹底」で解決しようとしている。具体的には除草剤散布後7日間は落水せずに成分の流出を抑える、というもの。題して「除草剤散布後水田水がなくなるまで給水しない止水管理」。一見すると合理的に思える。
 しかし薬効成分の動態を考えると様々な疑問が出てくる。水が浸透するまで待つ、ということは薬効が土壌中に残留するということだが、翌年以降影響が残らないのだろうか。また除草剤は短期的に効力が失われる設計になっているのだろうか。こうした前提がないと、8日目に導水した水に薬効が溶けだし結局は同じことになりかねないのではないか。それが1回ではなく一発剤、初期剤、中期剤、イネ科雑草用除草剤と数次に渡れば果たして適切な水管理が行われるかどうか、かなり怪しい。

 こうしたアイディアが出てくる、ということは基本的に除草剤は環境に負荷がかかる、という事実の裏返しだろう。水路や河川、ため池や湖沼から次々と沈水植物が消えている現実は除草剤の流入と切り離せないと思う。巡り巡って近海の魚に生物凝縮されたり食物連鎖でより大型の魚に害が出たりという事態は十分考えられるはず。生物凝縮の頂点は今のところ人間なのだが。水田という狭い(持ち主にしてみれば)範囲でキシュウスズメノヒエが、アシカキが、と対策した結果が沈黙の春注9)を出現させかねないリスクもあると思う。情報の出し方が偏っていると感じたのであえて余計なことを書いてみた。


(P)2010年6月 茨城県取手市 農業用素掘り水路 特徴的な節の毛

脚注

(*1) 水田雑草には思いつくだけでもミズネコノオ、コブナグサ、オモダカ、ウリカワ、カズノコグサ、ホッスガヤ、チョウジタデなど形状を他の動植物や道具から連想した和名が多い。ヌメリグサ(ぬめる)、シソクサ(シソ臭)など触覚、臭覚など感覚系の和名は少数派だ。なかでも「足を掻く」というピンポイントの感触系は突出している。似たような形状のウキシバが「浮き芝」なのを考えると、アシカキは昔からよほど鬱陶しい雑草だったのだろう。

(*2) 化学的な解説は省略。(書いても書いた本人が分からん)植物体の脂肪酸の生合成を阻害する働きがある除草成分。様々な魚種で魚毒性のチェックも行われているが、この成分で死亡した個体はなかった、というデータがある。生物凝縮による長期的影響は未検証。個人的には今現在は良くても将来的には分からない、という方が怖いような気もする。

(*3) クログワイやタイワンヤマイは東北地方の水田で大発生し問題となっているらしいが、関東地方の当地ではほぼ見られない。地域によって問題となる雑草の種類が異なることは事実。ただ同様に東北地方の水田で大発生し大きな問題となったエゾウキヤガラは近年当地の水田でも見られるようになった。彼らはけっして北方系の植物ではないと思うが、甚だしい害をもたらすまでに増殖してしまう何らかの理由があるはず。

(*4) 本来葉の欠片は「葉の細胞」であるはずだが、そこから根や芽が出て独立した植物体となる。この現象は植物体を形成するすべての細胞種へ分化可能だからで、この能力を分化全能性という。要するにこの能力が強い植物を完全に除草する際には欠片まで残してはいけない、ということだ。しかしそれは現実問題としては難しく、外来種含めて完全に根絶するのはかなりの困難が伴う。少なくても近所で畦や農道付近の除草作業を見ていると電動草刈り機で草の欠片を飛ばしながら、というスタイルが一般的なようだ。

(*5) 読んで字のごとく葉が枯れる症状。農作物でも50種類以上が発生する可能性があるという。葉が次々と枯れるので光合成ができず、活力をうしなったり枯死したりと収量が激減するので最も警戒を要する病虫害の一つとなっている。原因は菌類(カビ)が主だが、他にも細菌や原虫が原因となる場合もある。家でヒマワリを育てると一定確率で葉が枯れて困っていたが、調べてみるとヒマワリに寄生する細菌が原因で「葉枯細菌病」という症状のようだ。消毒によって容易に収まったが、散布後雨が降って薬剤が流されると再び発生するほどしぶとい。

(*6) イネのゲノム解析によって、病害虫抵抗性遺伝子のゲノム上の位置や数が解明され、この情報を利用して病害虫抵抗性遺伝子に隣接するマーカーを目標として選抜する、という素人が聞いても容易に理解できない技術。従来、病害虫抵抗性を持つ品種を作出するためには人為的に病原菌や害虫を接種し、抵抗性の有無を確認し、抵抗性があるもの同士を選抜、交配するという気が遠くなるプロセスが必要であったが、この技術によって圧倒的に短い時間で新しい品種を作出できるという。この技術は病虫害対策のみならず、食感、味などにも応用できるはずなので、今後より美味なコメが次々と出てくるはず。

(*7) アメリカのデュポン社が開発したスルホニルウレア(SU)系の除草剤に対する抵抗性を持った雑草。夢の除草剤として登場しながら、数年の後には多くの雑草がこの除草剤に対する抵抗性を身に付けてしまった。現在ではミズアオイ、アゼトウガラシ、アゼナ、アメリカアゼナ、タケトアゼナ、ミゾハコベ、キクモ、キカシグサ、イヌホタルイ、コナギ、タイワンヤマイ、オモダカ、スズメノテッポウなどが確認されている。耐性を持つ理由は、作物に影響が及ばないように遺伝子組み換えした農作物の花粉を受粉してしまうから、と言われている。

(*8) complex system 多数の要素から構成され、一部分が全体に、またはその逆に相互に影響しあって容易に解明できない複雑な体系。河川湖沼や海洋の除草剤による汚染と影響は水田のみが原因ではなく(ゴルフ場や園芸など除草剤を使用する所はいくらでもある)、それらが計測されたとしても水田の責任範囲を追及することは困難であり、意味がないという理屈。たとえ水田を含む農業に責任があると立証できたとしても「だからどうする?」で終わりになることも見えている。

(*9) アメリカのレイチェル・カーソンの著書。農薬など化学物質の生態系に対する危険性を、「鳥達が鳴かなくなった春」というシンボリックな出来事を通し訴求した作品。歳がバレるが私が中学生の頃に文庫版となりベストセラーとなった。高度成長期、わが国でも公害問題が顕在化しつつあった、という時代背景もあった。


【Photo Data】
・RICOH CX4 *2011.7.1 *2011.7.2
・PENTAX OptioW90 *2010.6.11
Weed Leersia japonica Makino
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