日本の水生植物 水草事始
水生植物の屋外育成Part2 環境編2
3.用土

 水生植物の育成に関し、容器に付いて述べてきたが、環境として容器以外に必要なものは基本的に土と水だけである。水は水道水でも問題ないが、井戸水などpHの調整が必要なものは避けた方が賢明だ。しかし基本的には気にする必要はなく、本章では土に付いて概説することにする。

 水槽育成に於ける「底床」にあたる用土だが、水質に影響を与えたり、有害な化学物質が混入していない土であれば基本的に何でも良い。この点、使える範囲でどういう用土を選択しても、水槽育成に於けるソイルと礫ほどのドラスティックな差異はないと思う。
 しかし現実には園芸用品売場に並ぶ様々な用土のなかには、水生植物育成用として相応しくないものも多々存在する。「出来れば使わない方が良い用土」を知識として抑えておくことは必要だ。
 使わない方が良い土の代表は鹿沼土だろう。効能云々以前に土の比重が軽く、水に浮いてしまう。水を吸い込んで沈んでも落ち着かなく、植物の植え込みができない。土の性質として保水力やら保肥力を謳っても、水生植物の育成ではどうせ水底で使うわけで、まったく関係がない。後述するように、育成する水生植物は元々野外では嫌気性の土壌に自生しており、育成に於いても通気性もまったく気にする必要はない。

 あれこれ悩んで選択を迷うのであれば、荒木田土のみを使うのが良いだろう。元々水底の土なので水草には相性が良い。色味や価格(安いとはいえ荒木田はリッターあたりの単価が黒土や赤玉より高い)が問題になるのであれば、黒土や赤玉をある程度混ぜ込むようにする。この「混ぜ込み」に関して比率によって結果を云々する話もあるが、私の経験上では影響は感じられず、結論を言えばそんなものはどうでも良い。極端な話、均等に混ざらなくても結果は同じようなものだ。細かい事を気にせずに安心して混ぜ込んで欲しい。

 以上を基本として、現在園芸店やホームセンターなどで入手できる用土に付いて、使えるモノと使えない(向かない)モノに付いてまとめてみたので参考にしてほしい。色々と自分で挑戦してみるのも重要なことだが、結果が分かっている「だめな物」に手を出さないのも無駄な投資や失敗を避ける分別だろう。

【屋外育生に於ける用土と特性】
用土名称 価格 色味 特性 総合評価
赤玉土 黄褐色 園芸、特に鉢植えに於いては最も多用される用土。園芸では通常単用はせず腐葉土、黒土などと混用される。火山灰土であり肥料分は含まれない。リンの吸着効果があると言われている。ミニビオトープでは黒土や荒木田土と混用する。単用では粒が大きいため植物の植え込みに苦労するのと、まったく肥料分が無いため成長障害が起こりがち
荒木田土 黒褐色 水田下層の土や河川の堆積土などで栄養分豊富。粘土質で通水性は悪いが、野外の一般的な水生植物が自生する環境に一番近い用土である。栄養分豊富なために単用でも育生が可能である。単用の場合密度が高いので嫌気的になりがちだが育生上最も成績が良い。水草の根はそんなものかも知れない。ドブ臭い用土からでも春になれば次々と発芽が見られる。単用として最もお勧め
ケト土 漆黒 化土土と書き、 湿地植物のマコモやヨシなどが堆積、炭化したものと言われている。黒色粘土質。有機質に富み、利用方法は荒木田土と同じ。園芸では寄植などで古くから用いられている。比重はやや軽いが単用で利用も可能。ただし価格の安い荒木田土で十分と思い、使ったことが無いのであえて△とした
川砂 灰褐色 その名の通り川底の砂。コンクリート骨材として大量に採掘されてしまい、現在国内園芸用に出回っているものは中国・北朝鮮産と言われる。用土配合の際に粘性を弱めるために用いる、もちろん肥料分はない。大磯でも十分だと思うが価格的には圧倒的に廉価で貝殻などの混入も無い
黒土 漆黒 関東地方の地層では赤玉土(関東ローム層)の上に位置する。こちらも火山灰起源でリンを吸着する。肥料分は少ない。粘性が無く単用では植物の植え込みがつらい。園芸では用土配合用に用いられる。荒木田土と混用すると使いやすい
水生植物の土 黒褐色 水生植物専用に販売されている用土。正体は不明だが、様々な用土をミックスし肥料分を加えたものであると思われる。肥料分が最初から含まれているが、自分でコントロール出来ないため植栽数を増やすなど工夫しないとアオミドロなど藻類が発生しやすい
アクアソイル 黒褐色 ご存知CRS(クリスタル・レッド・シュリンプ)や南米水草育成のマストアイテム。生長に関しては荒木田土との著しい相違は認められなかった。なにしろコストが高いので普通は屋外育成には使用しない。ADAというメーカーにはビオトープ用のビオソイルという商品もあるが、そちらの方でも良さそう。ただし高価

【屋外育成に向かない用土】
用土名称 理由
ピートモス 水苔が堆積して出来た軽い土。水草由来なので使えそうな気もするが、酸性度が強く成分未調整のものを使用するとpHが低くなり過ぎる。ブルーベリーなど酸性を好む植物用として使用される。ソイル登場以前にはアクアリウム用の水作りに使用されていた。pHに与える影響が大きく、植物の植え替えなどで舞い上がってしまい水を濁らせるので使いにくい
水苔 もともと水生植物の堆積物であるのでこれも良さそうなものだが、比重が軽いために落ち着かず、製品によってはピートモス同様にpHに大きな影響を与えるようなので利用は避けたい。フトヒルムシロなど強酸性を好む植物専用としては可能性あるが、同居生物や他の水草が耐えられるかどうか、という問題もあるだろう。園芸用に使われるオオミズゴケなど自家採集できるものもあるが、採集圧によって絶滅危惧種になってしまったので採集は避けたい
鹿沼土 見かけは赤玉土と似たような土であるが、本文にあるように、より比重が軽く水に浮く。時間が経過すれば水を吸収して沈むが、隙間が多く僅かな水流によって揺れ動くので根の落ち着きが悪く、水生植物育成用としては使えない。明るすぎる色合いが睡蓮鉢用としてどうか?というビジュアルの問題もあるだろう
バーミキュライト ひる石(ケイ酸塩鉱物)を焼成した用土。比重が軽すぎて問題にならない、というか大部分が水に浮いてしまうので水生植物育成用としては使えない。鉱物であるのでもちろん肥料分もない。農業や園芸で土壌改良剤として使用されることが多いが、産地によってアスベストの鉱脈が近く、混入している場合があるとされる
ヤシガラ繊維 ヤシの実の外側の繊維をほぐし、ブロック状に固めたものを水で戻して使う用土。価格も安く園芸用としては利点が多いが、水中では繊維が舞い上がり、また水を着色するので使えない。バーミキュライト同様に水に浮く成分も含まれている
ハイドロボール 観葉植物などの室内栽培用セラミック製の用土?見た目は綺麗だが粒が均一で水通しが良すぎ、保肥力、通水性が皆無である。ハイドロカルチャー専用。ビー玉と同じ効用だと考えれば間違いない
花壇の土 「花壇の土」「野菜の土」などプランター用の用土は肥料分が多すぎて向かない。また肥料分以外の成分を見れば自分でブレンドできる用土であることに気が付くだろう

4.肥料

 水生植物育成児の肥料の必要性に関しては賛否両論あって確固たる理論がない。(園芸種スイレンやハスの栽培は除く)自分自身も長年この部分に付いて誤解していたが、結論を言えば「水生植物の屋外育成に関しては肥料は必要ない」というのが経験から得た意見である。
 もちろん上記のように肥料要求度が高く、肥料分が花付きや開花に直結する園芸種スイレンのようなものもある。伝統的手法では元肥、追肥とも有機肥料である発酵油粕などを用いる。同じスイレン科であるヒツジグサや大きな花を付ける浮葉植物のアサザなどは同じように考えられてしまうかも知れないが、そもそもヒツジグサは貧栄養の水域を好むのである。
 何より、上記のような野草を数年間栽培しているが、元肥も追肥も皆無の環境で毎年多くの花が見られる事実がこの意見を裏付けているだろう。

 「必要ない」事実を誤解のないように補足するが、水生植物が肥料を吸収しないわけではない。その意味では必要である。しかし、人為的に追肥を行う必要はないという意味だ。基本用土に荒木田を選択(混ぜ込む場合も含めて)すれば相当の有機質が含まれているし、同居するメダカやタニシの排泄物や、落ち葉などを微生物が常時分解して土中に肥料分を供給する。この生物環の濃密さは屋内水槽とは全く次元が異なるものだ。

 例えば庭木の落葉が育成環境に入り込んだ場合でも、ミズムシ(ワラジムシの仲間)がこれを餌とし、排泄物を放出する。これを土壌微生物が分解し土壌を豊穣にする。こうした生物環が水生植物への養分供給源となっているのである。小なりと言えども屋外育成環境は自然の一部であって、自然の生物環が働くのである。毎年ヒツジグサが咲く野池は誰かが追肥して維持しているわけではないのである。
 水生植物育成に於いては基本的に肥料は必要なく、確率は低いが、明らかに肥料不足と思われる現象が見えた際に対策すれば良いと思う。この場合でも市販の肥料を施肥するのではなく、用土を新しいものに交換(要するに「リセット」)した方が良い結果が得られるはずだ。
 どうしても施肥する場合、肥料の種類に関しては、園芸的観点から化学肥料ではなく有機肥料を選択すべきだと思う。化学肥料には長期的に良くない影響があり、結果的に植物の生育にダメージを与える場合がある。詳細に付いては下記囲みを参照して頂きたい。

5.植栽用品

 水生植物の自生環境である自然湖沼(護岸のない河川でも)では、水域から岸辺にかけて緩やかな勾配があり、多くの抽水、湿地植物が繁茂している。一見陸地に見えるが、地下水位が高く準湿地と言える環境だ。彼らは本来このような環境に特化した植物である。また、こうした環境(豊富な水分とやや好気的な土壌)には多くの土壌微生物が生息し、水質浄化の役割を担っている。湖沼における「湖岸湿地」が典型的なものだろう。
 以上は水生植物の生育にとっての「肝」であるが、もちろん育成環境では完全な再現が難しい。そこで、私は擬似的な湖岸湿地環境(と呼ぶにはあまりにも小規模だが)として素焼きの鉢を多用している。鉢をうまく使えば、均一な水深の睡蓮鉢やプランターでも湿地植物を育成することが出来る。さらに僅かながら水質の浄化も期待できると思う。

 しかし鉢を使用する最も大きなメリットは、育成環境下でもすぐに勢力争いが始まる旺盛な生命力を持つ水生植物を、一定範囲内にコントロールできることだろう。特に希少種であるはずのミズトラノオやヒメハッカ、ヒメナミキなどは際限なく勢力を拡げるので、鉢で管理するのが有効である。鉢は下記のように様々なサイズがあるので環境全体の大きさや植物種に応じて使い分けも出来るので便利な用品だ。

 また素焼きの鉢は水を通すので、石やレンガなどで高さを調整しても水切れに陥ることはない。一つの環境で沈水、抽水、湿地植物を育成できる優れものである。用土に関しては睡蓮鉢やプタンターと同一で良い。肥料に関する考え方(原則使用しない)も同じである。
 複数の育成環境がある場合、環境間の移動も楽だ。花期や花色によって組み合わせれば花壇的な楽しみ方も出来るだろう。私は花が楽しめる植物種に付いては、花期以外は育成用の(観賞用ではない、という意味)プランターに置いておき、花期はリビングから見える育成環境に移動して楽しんでいる。

 水生植物の育成ではあまり人工物を使わない方が自然で好ましいが、維持存続のために便利に使えるモノもある。無料で入手でき、ちょっとした加工で大きな効果があるものもあり、その一例を下囲みでご紹介させて頂く。

【付記1:化学肥料に付いて】

 有機肥料に比べ、匂いもなく手軽に施肥できることから水生植物育成でも用いられる場合がある。極端な場合、黒土や赤玉土など肥料分を含まない用土に化学肥料を用い「綺麗な環境」を目指すアプローチもある。しかし、この場合屋外環境であっても微生物の発生が長期間無く、植物の成長に必要な生物環が立ち上がらない。微生物は生物環の最初のステップで有機物を必要とするためである。
 長期的に植物や魚類由来の有機物は生成されるが、時間がかかる上に、この間に植物が成長不良を起こすなどデメリットが多く、育成環境立ち上げの方法論として化学肥料はおすすめできない。

 農業では化学肥料のみを用いて栽培を行った翌年以降から生育障害が出てくるが、これは有機物の不足によって十分な微生物が繁殖できなかったために、共生菌による発根や栄養吸収、病害虫からの防御などが出来ないためである。いわゆる「土が出来ていない」状態が継続してしまうためだ。極端な表現だが「化学肥料の使用は土を殺す行為だ」という言葉もある。水生植物の育成に於いて、農業同様に植物を育成するのは同じなので、このような留意が必要だ。
【付記2:食品トレーの活用】

 食品トレーは植物採集時の持ち帰り用(トレーに乗せてそのままジプロックに収納)にも重宝するが、育成でも役に立つ。トレーの底をくり抜いて浮かべることで育成環境内に「限定的」な水面を作るのである。要するに爆発的な繁殖力を持つ浮草類を閉じ込めるのである。
 浮かべるだけでは風であちこちフラフラするので、環境内にある鉢で挟んで固定したり、針金で睡蓮鉢の端に引っ掛けたりすれば定位置に固定できる。しかしこの用具には弱点が二つある。

 一つは風によって揺られ、浮草が逃げ出してしまうことで、いわゆる「土手」の部分が低く、材質が軽いための弱点だ。もう一つは見かけがあまりにも悪過ぎる点で、こればかりは如何ともしがたい。(最近はオシャレなデザインのトレーもないことはないが、質感は如何ともしがたい)
 この二つの弱点を一挙に克服し、浮草用の水面を作る方法は、トレーの上に写っている素焼きの鉢を使うのである。見えている鉢は土を入れて植物を植えてあるが、これから土と植物を取り去ったイメージの使い方だ。これも石やレンガで高さを調整すれば「土手」の高さは思いのまま、重量もあるのでフラつくこともない。また素焼きであるので、材質に開いた僅かな穴から水の流通もある。(水位が内部だけ低下することはない)
 しかし鉢の内部は他の水域と「生物的に」遮断され、ここにボウフラがわく危険性もあるので、多少もったいないが鉢の側面に穴をあけてメダカの出入りを可能にすれば防止できる。固定はやはり針金などを活用して睡蓮鉢やプランターの端に引っ掛けることで可能だ。この手の浮草類(画像はサンショウモ)は倍々ゲームで増えるので、暫く見ないと水面を覆い尽くし沈水植物の生育に影響が出る場合があり、こうした対策は有効だ。
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