日本の水生植物 探査記録

Vol.183 せせらぎを歩く 柿田川編



Location 静岡県駿東郡清水町 Date 2019.05.04(SAT)
Photograph
Canon EOS6DmarkU / EF-40mm F2.8STM
SONY DSC-WX500

Weather sunny/Thunderstorm

Temperature 23℃

(C)2019 半夏堂


■聖地へ、柿田川


(P)レイアウトされたかのような柿田川の水草
SONY DSC-WX500

大人の遠足は清水町へ
■突然始まる柿田川

 三島の街を抜けて国道1号線を西に歩いていくと、ほどなく柿田川公園の巨大な看板が見えた。貴重な自然、植生豊かな天然記念物という印象が先行していたのでやや拍子抜け。案内板はコンビニやマクドナルドの看板より余程でかい。こちらへどうぞ!オーラがありありだ。何と柿田川は片側2車線の幹線道路、国道1号に隣接していたのだ!
 地図ではもちろん分かっていたしアクセスが良いのは助かるのだが、印象からして周囲は多少の森林や農村風景があるだろう、と勝手に思い込んでいたが、実際はご覧の通り店や民家が普通にある幹線道路の隣がスタート地点なのだ。

 かなり設備の整ったエントランスを通り、第一展望台というビューポイントに行くと、車がビュンビュン通り通行音も聞こえてくる国道の直下が崖というか谷状になっており、そこから湧水が湧き出して柿田川が始まる様子がよく分かる。こんな場所で道路工事を行ってよく影響が出なかったな、というのが第一印象。第一展望台からは上の写真のように種々の水草が見えたが、これまでテレビやネットで見てきた光景であるからか、自分でも意外なほど感動がなかった。


(P)柿田川入口 右側が国道1号 SONY DSC-WX500


 余談ながらこういう感覚、既視感はよくあって、バルセロナでサグラダ・ファミリアを見た際もベニスでゴンドラに乗った際にも散々映像や画像を見た後だったので、初めてなのに大きな感動というものはなかった。今はこれにネット情報が加わっているのでプロフィールや歴史まで事前に丸分かり、写真にしても自分よりも上手い人が撮ったものが山ほどある。そんな状況なのにあえて自分で行って写真を撮る意味があるのか、と思ってしまう。
 水生植物の場合は自分の手に取ったり、ネット情報から抜け落ちているマイナーな自生種を見つけたりという楽しみはあるが、柿田川はそれも許されていない。物理的に川岸や水中には行けないのでパノラマ写真を見ているのと変わらないのだ。世の中に満ち溢れているものを時間とコストをかけて劣化コピーを作っても仕方がないような気もする。よく「自分の目で見る重要性」を説く方がおられるが、自分の目で見ることと、自分の目で写真を見る、という行為にどれほどの差があるのだろうか。
 先に書いておくが、ここでは川の水に手を入れて湧水の冷たさや清浄さ、植生の豊穣を実感することはできない。せっかくの大自然を身近に楽しめない事は残念だが、それを許すと色々な真似をしでかす馬鹿が溢れかえっているわけで、たちまち破壊されてしまうことは明らか、こうせざるを得ないのは我々の責任でもある。まさに自縄自縛、身から出た錆とはこのことだろう。

■維持される自然

 展望台という語感とは裏腹に山道の階段を降りてゆくとちょっとしたデッキがあり観光客が群がっているのが見えた。この第一展望台には柿田川の水中映像や生き物を記録したDVDや書籍を販売するおじさんが居て、雰囲気的に(失礼!)お祭りでタコヤキや綿菓子を売るテキヤ系の人かと思ったが、聞けば川の環境を守るボランティアだという。売上や募金は川の環境を守る経費に充てる、ということ。世の中には立派な人もいるものだ。近頃ボランティアに金がかかると言うと批判される方もいるが、外来種を刈り取った後、燃えるゴミの袋に入れるが今時ゴミ袋も有料だ。刈取りの道具や交通費だって無料ではない。そうした諸々の経費をこうして環境保護を訴えつつ自力調達している姿は立派ではありませんか?批判する方はたぶんこうした活動をよく知らないのだろう。よく知らないものを自分の価値観だけで批判しても仕方がないのでは?

 展望台には写真の順番待ちをするほど多くの人が居たが、残念ながら環境保護やボランティアの趣旨に賛同しお金を置いて行く人の姿は見られず、どころか積極的に声掛けをしているおじさんに反応する人も皆無だった。見物客のほぼ全員、ボランティアブースに背を向ける形で柿田川を見ている。体を向ける人は「自撮り」ってやつ。まさに人情紙のごとし注1)だなと思った。かく言う私もお金は置いて来れなかったが、私の場合は人情ではなく財布の厚さが紙のごとしなので仕方がない。財布が紙のごとし、だが財布に紙のお金が入っていないのはこれいかに?
 私の場合観光地に来たわけではなく、探査に来た場所が観光地だっただけ。従って余分なお金は持っていない・・・というかいつも余分なお金は持っていない。我ながら情けない。その代り、と言っては何だがおじさんと会話はさせて頂いた。金はないが皆に無視されているなかで一人でも話を聞いた、という気持ちになってくれればと思ったからだ。

■厄介な人達

 カワセミの飛ぶ河川あればカメラマンあり、ここにも数十万、数百万の望遠レンズを装備したカメラマンがいて、混んでいるのに当然のように通路に三脚を立てていた。どこに行っても毎回「鳥屋注2)はカメラマンの品位を落としているな」と思う。と言うか、写真を撮りに来ているのか装備を見せびらかしに来ているのか分からん。少しは無私に自然環境を維持するボランティアの精神を見習って欲しい。植物と違って被写体としての鳥は待ち伏せしないと撮れない、というのは分かる。またこの環境では観光客の歩く道筋以外は立入禁止なので順路上に三脚を立てなければならないことも分かる。しかしその「分かる」は同じ写真を趣味にする立場だからであって、一般の観光客からしてみれば邪魔者以外の何物でもない。
 この事を忘れて好き勝手に行動していると管理者へのクレームが溜まってある日「三脚禁止」ということになる。同じパターンでそうなった観光地は過去いくらでもあるだろう。そうなればごく短時間ローアングルの三脚を設置して植物を撮影する我々「草屋」も道連れになってしまうではないか。私から見ても腹立たしいこんな連中の道連れにはなりたくないなぁ。

 自分は基本、200mmを超える高価な望遠レンズは持っていないので高倍率のコンデジを代わりに持ち歩いている。一昔前、フィルム一眼レフの時代は「200mm、すげえ望遠だ」だったが今時安いズームでも300mmまで焦点距離があり手振れ補正まで付いていたりする。(もっとも写りは感心できない)凄い時代になったものだが、写りを追及すると昔と同様に大口径の単焦点レンズを選択するしかなく、こちらは現実的な価格ではなくなってしまう。コンデジとは言えこれだけ写れば肉眼以上に見えるし、一眼レフ用廉価ズームと同程度には見られるので満足だ。

 ボランティアのおじさんに展望台から見える水草の種類を聞いたところ(ミシマバイカモは色とフォルムで分かったが)、薄い緑はカワヂシャ、褐色の群落はエビモ、濃い緑色がミシマバイカモ、と教えて頂いた。それぞれが勝手に生えているようで全体として見れば豊かな自然が感じられる絶妙の配置になっている。展望台から水面までは10m以上あったが、遠目にも「これぞ柿田川」という雰囲気が感じられた。


【第一展望台(柿田川スタート地点)】
右手、20〜30mの崖上が国道である
Canon EOS6DmarkU / EF-40mm F2.8STM
左下のグレー部分が湧出口の一つ
Canon EOS6DmarkU / EF-40mm F2.8STM

湧水
■100年もの

 第二展望台は柿田川の湧水を紹介する記事では必ず、と言って良いほど出てくる写真の場所、湧水口が直下に見えるシチュエーションにあった。井戸状になっているのはまさに井戸(工業用の)として作られ使われていたからだが、今となってはまさに「湧水」そのものが分かりやすく見られる教材となっている。逆の見方をすると、これだけの自然環境から工業用に取水をしていた過去があるわけで、ある意味「負の遺産」でもある。

 その「負の遺産」は私の身近な地域では大義名分として、まさにレジェンドとして使われている。大規模な自然破壊である北千葉導水路や霞ヶ浦導水路の建設理由として「用水確保」があげられているのだ。文化遺産とか世界遺産とか、とかく「遺産」を称するモノはポジティブなイメージがあるが、こういうものを反省材料としてネガティブな存在価値を発揮して欲しいものだ、と思った。ただしその「見方」は環境省寄り、用水確保やインフラの建設は建設省寄りのプラスの見方であって、縦割り行政下ではクロスすることがない。


(P)第二展望台直下の湧水 深いブルーが印象的だ SONY DSC-WX500


 工業用水は取水すれば何らかの物質が加わり排水される。簡単に言えば水質汚染である。事実、NPO法人富士山世界遺産国民会議のコンテンツ、富士山インタビューでは柿田川の自然保護活動を40年以上も続けている漆畑信昭から(リンクサイトより引用)「当時の柿田川は工場排水でかなり汚染されていたから、「どうしてあんな川を守るんだ」とよく言われましたよ」という証言もあった。柿田川も最初からこの清流ではなく、人々の努力があって現在の姿を取り戻したことが分かる。この事を考えれば呑気に自撮りしている場合ではない。誰も何もしなければ元の姿に戻るか、外来種だらけになってしまうだろう。

 さて、柿田川湧水群に限らず、この一帯の湧水は富士山に降った雪が100年かけて地下を通ってきたもの、とされているが本当なのだろうか?富士山から三島市まで地図で見ると直線距離でざっくり30kmほどありそうだが、10年で3km、1年では300mしか進まない計算になる。綺麗な水であることは間違いないが、公園の入口にあった「富士山百年水」「百年水豆腐」の看板に象徴的に「百年」と書きたいがために作られたキャッチコピーのような気もする。水は綺麗だが、さすがに100年の濾過は大げさだろう。それは検証のしようもないのでどちらでも良いが、この第二展望台付近ではおそらく訪れるほとんどの人が気がつかないはずの興味深いものが見られた。

■最強水による最強野菜

 水面が流れで揺れており見にくいが、フォルムから見て沈水化しているオランダガラシ(クレソン)のようだった。あつかましく川岸で大きな群落になっている姿は一般的で、この日も三島市内で何度も見かけているが明らかに沈水化している姿は初めて見た。文章ではうまく伝えられないが、一時的に水没したものとは明らかに異なる「揺らぎ」。
 オランダガラシは最強の野菜注3)とされているが、その最強の野菜が育っている周囲の水はある意味「最強の水」である。この株を水道水で洗浄するとかえって汚れるのでは、と思われるほど綺麗でもある。

 前出のボランティアのおじさんもオオカワヂシャ(下流にはあるそうだ)やコカナダモには言及されたがオランダガラシには言及されなかった。この姿はたしかに清流の象徴のような姿だが、元は帰化植物でさらには生態系被害防止外来種にも指定されている。位置的に採集できるような場所ではなかったが、どこかにまとめて出荷すれば「百年水豆腐」より強力な「最強の水による最強の野菜」で売り出せるのにな、と思った。というか激しく食いたかった。


(P)沈水化したオランダガラシ SONY DSC-WX500


 こんな美味しそうな光景を見られるほどオランダガラシの栽培に適した環境を持ちながら、静岡県は出荷量がほとんどない。ダントツ一位は山梨県で37%、僅差の2位は栃木県の36%、実質的にこの2県でほとんどのシェアを占めている。静岡県は何と我が茨城県(10位、0.67%)と同じシェアである。茨城県ではどこで生産しているのか見たこともないが、たぶん奥久慈のどこかでやっているのかな?程度のほぼ「やっていない」のと同じレベル。同じ環境で育つワサビの出荷量は長野県(62%)に次いで静岡県は2位(29%)なので少し意外な気がした。、
 ただしワサビの出荷量(国内)は1200t以上、オランダガラシは700t強なので、単価の問題も考えれば産業としての偏りはあって然るべきだろう。近年世界的な和食ブームとなってワサビは輸出も含めて需要の落ち込みはないと思われるが、オランダガラシは残念ながら和食には使わない。個人的にはあの苦みのある味は和食向きだと思うが、合わせる食材が難しいのかも知れない。

■ミシマバイカモの花

 柿田川の写真ですぐに思い浮かぶのは水中でも水面でも無数の花を咲かせるミシマバイカモの大群落だが、行けば簡単にそれが見られると思ったら大間違い。今や川そのものが保護されており、遊歩道は川岸から相当距離のある場所を通っており、川には接近できない。川岸も様々な植生に覆われ、無数の湧水によって湿地状となっているので物理的にも接近は困難である。
 テレビの画像や写真集で見る水中画像は「特別な許可」ってのを得て写したものだろう。一般の見学者にそんな「特別な許可」が出るとは思えないし、仮に今「特別な許可」をもらってもこの日の装備では手も足も出ない。もちろん装備を整えるチャンスがあってもREDもBlackmagic注4)も持っていない。どうしようもないことは諦めるのも大人の知恵。

 しかし自然状態のミシマバイカモの花は注意深く探せば見られないことはない。湿地帯の遊歩道の下には無数の湧水が形成した柿田川の支流状のごく短い河川(短いものは数十m)が流れているが、慨して周囲の木々によって暗い環境だ。しかしこんな所にもミシマバイカモがあって、なかには開花している株もあったのだ。


(P)支流で咲いていたミシマバイカモ SONY DSC-WX500


 こんな時に望遠レンズ代わりのコンデジが効果を発揮するわけだ。というか今回はメインのカメラがWX500で、EOSはスナップ用として考えていたので本来の目的に適った、というところ。でなければ40mmのパンケーキ付けたEOS1台を持ってきたりはしない。最近のコンデジは性能が飛躍的に上がり、こういうWeb記事目的の写真であれば過不足がない。
 木道手すりから花まで2m以上、この大きさで撮れる光学ズームが装備され、暗い環境でも画質は多少劣化するものの完全には破綻しない。唯一PLフィルター注5)が使えないぐらいが弱点か。近年スマホカメラに押されてコンデジの売上が激減し、撤退するメーカー注6)も出てきたが、こういう芸当はスマホにも一眼レフにも出来ない「技」なので、残ったメーカーにはぜひ頑張って欲しいもの。


【中流風景】
数多くの流れ込み河川の一つ
Canon EOS6DmarkU / EF-40mm F2.8STM
こんな感じで合流する
Canon EOS6DmarkU / EF-40mm F2.8STM

植物探査的不満足
■柿田川本流


(P)水中に見える植物種は想像が許されるのみ
SONY DSC-WX500



 こうして実際に見るまでは、たかが湧水一つでこの水量とはすごい噴出量だ、と思っていたが、実際は源流付近の複数の湧水に加えて上流部、中部の谷の斜面から湧出する多くの水が合流して柿田川が成立している様子が分かった。実際に見る水量は中流付近で大利根橋注7)付近の利根川並の水量注8)があった。さすが日本一の山、富士山の天然水だ。かく言う自分は恥ずかしながら富士山に登山したことはなく、どの程度の降雨、降雪量があるのか直感的にピンと来ないが、凄い量であることはこの流れを見れば想像が付く。
 柿田川は四万十川(高知県)、長良川(岐阜県)とともに日本三大清流とされる。四万十川の196km、長良川の166kmに比べればあまりにも短い河川だが、その分流域からの汚染物質の流入は少なく、水質は良いはず。事実環境省の名水百選にも選ばれている。(当然と言えば当然だ)その柿田川の「天然水」に興味があったので調べてみた。

・湧水なので水温変化は少なく、年間通じて約15度
・硬度平均48.0〜61.0(mg/L) *一般に60mg/L以下は軟水なので、ほぼ軟水
・BOD 0.5mg/L以下

 予想通りと言うか当然と言うべきが、たぶんそのままペットボトルに詰めて「天然水」として出荷できるレベルである。ちなみに水量で引き合いに出した利根川、大利根橋付近のBODは2013年データで14mg/Lである。(ちょっと甘い気もするが)柿田川は0.5mg/L以下なので、たとえ0.5としても利根川の28倍綺麗である。実際は0.5「以下」、要は測定できない程綺麗だということなので、現実的には何100倍も綺麗なんだろうなぁと思う。前述したここで沈水化したクレソン、我が家の利根川取水の水道水で洗うと汚れる、というのは比喩でも何でもない。
 柿田川公園にいたる三島市内の民家で庭先から湧水が出ている家を見かけたが、無料で極上の水がいつでも使用できるうらやましい環境だ。コーヒーでもお茶でもたぶん別物のように感じられることだろう。富士の湧水を擁する静岡県がお茶の名産地であることは当然のことなのだなぁと関係ないことも思い浮かんだ。

■柿田川の植物

 水中に生える植物を手に取って調べるどころか、本流に近づくことも不可能であったので植物探査的不満足であることは否めないが、明らかになっている植物種と遠目に水面上から見た「色・形」を絵合わせすると意外に自生している植物種が少ないことが分かった。(水中での話)

ミシマバイカモ
実物も花も見ることができた。水中では濃い緑の群落になっていた。密度は三島市内の河川よりも濃く群落規模も大きかった。
カワヂシャ
水中の明るい緑の群落(沈水化)。やや沈水化しやすく、地元茨城県の渓流でも見られた。見学路からは本来の育成型である抽水、湿生は見られなかった。
エビモ
水中の褐色の群落。特に珍しい種類ではないが、生育環境からして殖芽を形成しないタイプだろう。従来見てきた流水型のエビモは小型で緑の濃い葉を持つタイプが多かったが、遠目には茶褐色が目立った。


(P)柿田川の植生 SONY DSC-WX500


 基本はこの3種が河川全域に広がっていたが、下の参考リンクによればナガエミクリ(沈水型)やヒンジモも自生するようだ。今回はどちらも見られなかったが、ナガエミクリはともかく、ヒンジモの野生は見たことがないのでまた今後のテーマとしてぜひ見に来たいと思う。
 ちなみに現在我が家の睡蓮鉢で細々と生育しているヒンジモは人から頂いたものだが、一応「柿田川産」とされている。この環境での採集は基本的にアウト注9)だと思うが、我が家のヒンジモは10年以上育成しており、また柿田川の特別天然記念物の指定が平成23年(2011年)と比較的近年であることから制限のない時代の採集物なのだろう。
 思ったより植物種が少ない理由はおそらく低水温にあるはず。近場の湧水河川を鑑みても源流付近はさほどでもなく、下流、ある程度流れてからヒルムシロ科やイネ科の沈水植物が登場する。水草は何でもかんでも低水温で貧栄養が向いているわけではない。柿田川の場合、中流からも湧水が合流する事情を考慮すると、水温が上がる経路は数百mしかなく、現実的には最下流まで水温変化が僅少なのだろう。

 沈水植物ではないが、遊歩道沿いの湿地帯ではカサスゲやミゾソバなどどこでも見られる種類に混じり、特徴的な植物が大群落を作っていた。それはトキワツユクサで、たしか落合川でも源流近くで抽水している姿を見ており、このような環境が好きな植物だと考えられる。しかしトキワツユクサは観賞用として昭和初期に輸入され、逸出帰化したことが分かっている南米原産の植物だ。この帰化植物が溢れるグローバル時代に帰化植物が云々というのはすでに時代錯誤かも知れないが、何気なく居座っているオランダガラシとともに少し残念な気がした。

参考 清水町観光協会

モノローグ
■突発的大自然

 最後にどうでも良い独り言。少しだけ前述したように柿田川は谷の内側限定の大自然である。通常こういう光景はそれなりの自然を踏破して初めて見られる感動というものがあるが、ここにはそれはない。逆にそれがないからこそ驚異の世界なのだ。
 上記のようにこの大自然の始まりは国道1号線の道路脇であるし、公園の対岸にはバーベキュー場やホテルらしき建物もある。またこの画像の背後、ちょっとした登り階段を上がると住宅地になっており、崖っぷちに新規の分譲地も見られた。昼飯を食いそびれた、と思っていたが谷を登ってすぐにセブンイレブンがあり、イートインもあったので助かった。要するにどこにでもある普通の町なのである。普通の街に水が湧き、水の通り道だけが大自然の驚異となって残った、という印象なのだ。こういうのはありそうでなかなか無い。存在したとしても周囲の「俗な」環境に飲み込まれてしまうだろう。柿田川も一時は飲み込まれかけて消滅の危機を迎えたこともあるという。


(P)数多い支流のひとつから見た本流 Canon EOS6DmarkU / EF-40mm F2.8STM


 別に周囲を開発するな、という類の話ではない。このパターンが今まで見た水辺にはなく斬新な印象を受けた、という話である。普通の街に突発的に大自然が口を開けた、異次元の世界のような印象。まるでジブリの映画に出てきそうではないか。

 北方の三島市は湧水の町、せせらぎの町で日々膨大な湧出量の湧水があるが、柿田川はその水とは一切関係がない。もちろん元は富士山で同じだが、異なる地下経路を通ってここに湧出している。綺麗な水が徐々に様々な所から集まって最後にドカンというパターンではない。世の中にはこういう地形もあるのか、というのが最大の感動だった。これこそ4時間かけて静岡県にきた成果とも言えるもの。

 柿田川の見物が終盤になり、富士山方向、北の空の積乱雲が成長してる姿が見えた。できれば三島の駅に着くまではもって欲しいが、少なくても下流、狩野川の合流地点まで行って帰ってくる時間はなさそうだ。これだけの清流が一般河川と合流するとどうなるのか、マナウスのアマゾン川のように混じり合わずに流れる注10)のか、植生はどうなるのか、この目で見てみたいが時間切れではいたしかたない。
 その背中を押すように黒雲は刻一刻と領土を広げてきた。ちょうどこの短い河川の6割程度は歩いただろうか。同じ道を帰れば階段の多い起伏のあるコースを時間をかけて通ることになる。帰りも写真を撮りながら歩きたかったが、思い切って道半ばでコースアウト、国道1号に合流する舗装道路に出て三島方向に歩き出した。

脚注

(*1) 人情というものは紙のように「薄い」、あまり当てにするもんじゃないよ、という事を示した慣用句。ボランティアはその精神性の高さに反比例して世間の信頼は薄い。ここで柿田川の環境を守る必要性を力説しても、それを聞く人間の9割は駅前のティッシュ配りに対する反応と同じである。そうなると人情というより問題意識や民度という話になってくるが、それは表面的な人情という具現化するものに対するバックボーンであって表裏一体の話。簡単に言えば単に「良い景色」を見に来た人々にとってその景色が永続するかどうかは関心の範囲外ということ。

(*2) カメラ(写真)趣味は主な被写体のジャンルによって呼び名があるが、野鳥専門のカテゴリーは「鳥屋」と呼ばれる。特徴としてバズーカ砲並みの超望遠レンズを装備し、ゴツい三脚で撮影地を占有してひんしゅくをかう、という行動パターンを持つ。それも1人や2人ではなく、カワセミが撮れる確率が高い撮影地など10人単位で場所を占有している姿を見かける。鳥屋ではなくても立入禁止場所に入って撮影する「撮り鉄」、花をアップで撮ろうと観察路に大きな三脚を広げる我々の仲間など、第三者的に見るとアホな迷惑行為だらけなので、たまにこういう行為がなかったか、自分自身を顧みることにしている。

(*3) オランダガラシの栄養価の秀逸性に付いては手前味噌で恐縮ながらこちらの記事にまとめてあるのでご興味がおありの方はご参照願いたい。味が独特であるためか、肉料理の付け合せ程度しか消費されていないが、常食すれば現代の生活習慣病のほとんどに効果がある上にアレルギーを抑制するという、夢のような野菜である。この事実が世に広まれば見向きもされない各地の自生地でも採集され、生態系被害防止外来種の問題も少しは収まるかも知れない。

(*4) REDはRED DIGITAL CINEMA社(本社アメリカ)及び同社のシネマカメラを指す通称。ビデオカメラは発売当初から最低スペックが4Kであり、当時他に同等製品もなかったためハリウッドの映画製作にこぞって利用された輝かしい歴史を持つ。ただしハイエンドモデルは1000万近く、オプション品も含めれば到底個人が手を出せるような代物ではなく、テレビ映像製作会社が一部で使用している程度。
 BlackmagicはBlackmagic Design社(本社オーストラリア)及び同社のシネマカメラを指す通称。REDに比べて価格は安く、主な販路もコンシューマに寄っている。残念ながらフィールドで使っている人を見かけたことはないが、防水ハウジングやその他のオプションもリーズナブルなので金持ちになったら使ってみたいプロダクツの一つだ。

(*5) カメラレンズのフィルターに一種で、Polarized Light(偏光)の頭文字を取ってPLフィルターと呼ばれる。さらに新しいテクノロジーが開発され、一眼レフのハーフミラーの機能に干渉しないよう「1/4λ(ラムダ)位相差板」というフィルムが組み込まれ、露出やAFに影響を及ぼさないC(CIRCULAR)-PLフィルターが主流となった。C-PLには効果をファインダーで確認しながら調整ができる回転枠が付いているが、広角レンズなどケラレ(フィルター枠が写真に写ってしまうこと)を防ぐために超薄の構造となっており、日本の工作精度の粋を具現化している。

(*6) 直近ではカシオ(2018年)。あまり知られていないがスマホ以前に純粋に競争に負けて東芝や三洋電気がカメラ事業から撤退している。さらにリコーやオリンパスなど噂レベルでは事業からの撤退が時折取沙汰されている。(火のない所に?)もともと安い価格帯(2万円以下)のデジカメは典型的な薄利多売で、多売が成立しない現状ではビジネスモデルが成り立たない事情は理解できる。体力のあるキヤノンやソニーでも新製品発表のペースは鈍っており、時折発表されるコンデジも高級路線、すなわちメーカーから見れば高付加価値製品ばかりだ。
 個人的に可搬性に優れ、それなりの写真も撮れるコンデジは大好きで、特にコスパと画質のバランスが取れた1/1.7インチモデルが大好きだった。このクラスが価格の高い1インチモデルにシフトしてしまったのは残念でならない。新しいモデルが出たら下取りにしようと考えていたニコンCoolPixP330やキヤノンPowerShotS120はまだ現役として手元に置いてある。

(*7) 利根川にかかる国道6号線の橋。茨城県取手市と千葉県我孫子市を結ぶ。我が家の水道水は大利根橋やや下流の茨城県企業局県南水道事務所利根川浄水場(茨城県取手市小文間)から来ているが、水質は大利根橋付近と同様のはず。元の水質データをこうやって見ると毎日何らかの形で口にしているのが怖くなる。(もちろん浄水場で処理はされていると思うが)

(*8) 水量は見かけで言っているだけで根拠はない。ちなみに柿田川の水量=湧出量は1日約100万トンと言われているが、アナログな表現ながらその水量がこうして見ている流れなわけだ。あらためて富士山の広大さと降水量の膨大さが思われる。100万トンは柿田川湧水群だけの話であって、湧水は三島をはじめ、山梨県側にも無数にあるのだ。

(*9) 国の天然記念物に指定されたものは、文化庁長官の許可がなければ、採集したり、樹木を伐採したりできないような規制がかけられる。基本的にその区域では自由に植物採集はできない、ということ。ただし、天然記念物(特別も含む)は法的根拠が文化財保護法であるため、生物の保護には難点もあって、外来種の防除が現状変更にあたるのかどうかなど複雑な議論も発生してしまう。

(*10) アマゾン川上流で暗褐色のネグロ川と、泥で黄褐色のソリモンエス川が合流するが、ネグロ川は水温28℃、流速約2km/hであり、一方のソリモンエス川は水温22℃、流速4〜6km/hとまったく異なる水であるためなかなか混じり合わず、6kmほどそのまま2色のコントラストを保ちながら流れ下るという。柿田川と狩野川の場合、柿田川が狩野川に対し90度近い角度で合流するためにこの現象はないようだ。Yahoo地図の上空写真でも水の色の顕著な相違は見られない。(上空からの写真なので現実はよく分からない)
 世界には混じり合わない川がいくつかあって、上記のアマゾン川やスイスのローヌ川とアルヴ川の合流点、ドイツのイン川とイルツ川の合流点(ドナウ川のはじまり)、アメリカのグリーン川とコロラド川の合流点などでこの現象が見られるそうだ。


inserted by FC2 system