日本の水生植物 探査記録
Vol.179 氾濫原定点観測2018

Location 茨城県取手市
 Date 2018.09.23(SUN)
Photograph
Canon EOS KissX7 / EF-S10-22mm F3.5-4.5
Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro
Weather
Cloudy and partly sunny
Temperature
26℃
            (C)2018 半夏堂

いつの間にか秋


(P)気が付けば彼岸
Canon EOS KissX7 / EF-S10-22mm F3.5-4.5

カメラマン多し

ミラーレスはどこに


 忙しさやら異常な暑さやら地震やら台風やら、何かと外遊びを阻害する要因があったのを理由に、休日はほぼ3ヶ月近く引きこもっていた。休場明けの稀勢の里ではないが、そろそろ風も涼しくなり、体も動かせる気候となったのでリハビリを兼ねて近場の小貝川へ。

 いつも車を止めさせてもらうスポーツセンターの駐車場は概ねスカスカだが、この日は車の数が多くやっと空きを見つけたほど。園内を眺めてみれば野球場では試合、体育館ではバレーボールやバスケット、広場ではピクニックと皆さん思い思いに楽しんでおられる。三連休の中日、唯一晴れると予報された日を思い切り楽しもうということか。健康的ポジティブシンキング。
 不健康な自分はその明るい歓声や幸せな家族ピクニックに背を向けて堤防を越え、湿り気の多いいつもの河川敷氾濫原へ向かった。

 予想に反し河川敷もいつになく人口密度が高く、一つは堤防内側にあるバーベキュー場で楽しむ人が多かったこと、もう一つはいつの頃からか増えてきたヒガンバナを撮影するカメラマンが多かったことによる。現在、ごく限られた世界ではNikon ZやEOS R注1)が大きな話題となっているが、私の撮影フィールドではレフ機しか見かけたことがなく、このヒガンバナ群生地周辺でもそうであった。
 カメラ雑誌、ネット(カメラ系情報サイト)とも「レフ機は収斂しミラーレスの時代に入った」とされるが私が見ている現実は別のものなのだろうか?私もミラーレスはたまに使うが、現実世界のシェアはまだメディア情報の通りになっていないような気がする。メディア誘導型パラレルワールドか?近年そうした情報に踊らされることがなくなったのは歳をとった証拠だろうか。

 さて、河川敷のヒガンバナ群生地は年々面積が広がっており、群落数も増えているようだ。かの巾着田注2)ほどではないにしろ、見学したり写真を撮影したりするには十分だ。ニコンのレフ機を2台下げたお嬢さんの撮影の邪魔にならないように私も何枚か撮影させて頂いた。こんなファミリー向け廉価版一眼レフだが、ヒガンバナの赤が飽和せず一昔前のデジカメに比べれば素晴らしい写りで、当面これ以上のモノはいらんな、と思った。(これ以上の機材もすでにわんさか持っている・・・)

プチ巾着田


 巾着田は埼玉県日高市の巾着田曼珠沙華公園のこと。テレビニュースでも時折取り上げられるなど全国的に有名なヒガンバナ(曼珠沙華)の群生地だが、株数は桁違いの約500万本(一節にはそれ以上、そこまで行くとどちらでも似たようなものだが)。たかだか数百本のこの河川敷を「プチ巾着田」と呼ぶのは恐れ多いが、写真撮影的には大差がない。どれほど群生があっても、どっちみち写真のカットはこんなもの。50万本を一度にワンカットで写せるわけではない。
 この地は今のところさほど有名ではないが、そのうち様々な問題点も出てくることだろう。巾着田で問題になっているのは情けないことにカメラマンのマナーである。狭い園内通路を三脚で占有する、規制線を超えて踏み込みヒガンバナをへし折る、写真撮影は夢中になってしまうと周囲が見えなくなる状況は自分にも経験があって気持ちは分かるが、何となく民度を試されているような気がして落ち着かない。

 本流に近い湿地の方はわざわざ入り込むもの好きも少なく、今や小貝川の名物になったアメリカナマズ注3)のアングラー達も、バックヤードのブッシュが濃くて入り込まないようだった。ロッドを振るスペースがなければ釣りにならないのでどうしようもないが、こちとらそのブッシュに用事があるわけで利害が一致しない。


(P)地元のプチ巾着田 Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro


変遷

ホソバイヌタデ


 この氾濫原の今の時期、場所により一帯がピンクに染まるほどのホソバイヌタデの群落があったが、どうしたわけか今年は大規模な群落が見られず、所々小規模なものが見られただけだった。春先の黄色に染まるノウルシとともに氾濫原のアイコンとも呼ぶべき植物だが、歩いていて減少した理由が何となく分かった。
 それは酷暑やら台風やらで植生が放置されて勢力図が変わってしまったためだと思われる。氾濫原の通路状の場所でも草が伸びており、なかには凶悪なイシミカワがはびこっている。撮影後、ブッシュを抜けて足を見ると引っ掻き傷だらけだった。湿地のシケインであるテリハノイバラは引っ掛かればこの程度では済まないはずなので、おそらくイシミカワだろう。
 どうもイシミカワは同じタデ科同士仲良くできないようで、被覆された場所にはホソバイヌタデの他にもヤナギタデやミゾソバも少ないようだった。これも気候変動の影響か。

 ついでに従来ホソバイヌタデに随伴するように群落が見られたヒメタデ注4)も全く見つからず、少し残念であった。もっとも地味なヒメタデを見つけてもどうするわけでもないのでがっかりはしなかったが、以前はけっこう熱意を持って正体を追っていた植物、そこそこのこだわりは持っている。
 氾濫原の「氾濫」で難しいのはその「程度」が見えないことで、今年(2018年)のように狂ったような雨が降り、氾濫原の冠水が頻度多く発生すれば植生にも少なからず影響はあるだろう。また冠水期間が長ければ草刈などの人為的な「攪乱」も出来る範囲が狭まり、これまた従来の植生に影響を及ぼすはず。今年の秋の氾濫原が通常とやや印象が異なったのはこのためかも知れない。



(P)ホソバイヌタデ Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro

氾濫原の秋


 ホソバイヌタデの大きな群落は見られなかったが(本当は一面ピンクを狙って超広角ズームを用意したのだが)、ここ数年見つからなかったゴキヅルが相当数見つかった。ゴキヅルはやや変わった生活史を持っており、落下した種子が水流によって運ばれ発芽するのだ。いかにも湿地植物的挙動だが、今や定期的に水が流れる湿地が少ない。

 昔は水田周辺の雑草だったらしいが、現在ではゴキヅルの種子が熟す頃には水田は水流どころかカラカラの状態。今では水田周辺では見ることができず、ちょっとした珍種になっている。あつかましい種類が多いツル植物のなかにあって繊細で、花はご覧のように美しい形、和名由来となった果実注5)も可愛らしく、個人的には好きな部類に入る植物だ。自宅で育成する気はないが、こうして本来あるべき場所で見られるのが嬉しい。

 少なかったホソバイヌタデや見られなかったヒメタデの代わりに勢力を伸ばしていたタデ科植物はシロバナサクラタデとイシミカワである。シロバナサクラタデはともかく、イシミカワは厄介で、個人的被害状況は上記の通り。これまた今年の気候のせいかも知れない。あくまで印象の話だが、攪乱(越流冠水)の頻度や規模が大きいと同じ攪乱依存でも「見たい」植物が減少し、どうでも良い植物が勢力を拡大するような気がする。攪乱状況が例年並みに戻ればゆっくり回復するとは思うが、今年はこんなもの。
 ありふれた植物ではあるが、イヌゴマも株が少なく、かつ開花が遅れているようだった。日当たりの良い場所では少数の株が開花していたが、例年はないはずの植物(イシミカワ)に被覆された場所では成長も芳しくなく、開花は見られなかった。豪雨災害や天候不順による野菜出荷量減少、価格高騰に付いてはマスメディアで取り上げられ話題となるが、顧みられることのないミクロの世界でも大変動が起きていた2018年の秋。


(P)ゴキヅル Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro


【氾濫原の秋】
あちこちにある野菊(カントウヨメナ)
Canon EOS KissX7 / EF-S10-22mm F3.5-4.5
氾濫原にはミゾカクシやアゼナなど水田型植物も見られる
Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro
ミゾソバは半数が葉柄に翼のあるオオミゾソバ
Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro
ヒメクグなどカヤツリグサ科の植生も多い
Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro
地味に有用

憩いの場所



(P)空はすっかり秋の顔
Canon EOS KissX7 / EF-S10-22mm F3.5-4.5

 いつも小貝川流量の受け皿的役割、副次的に攪乱を好む湿地植物の撮影場所的にしか考えていなかったこの氾濫原だが、あらためてよく見ると様々な楽しみ方をする人々がいる。冒頭に書いたプチ巾着田ヒガンバナの堤防寄りには小貝川フラワーカナル注6)の一環として植栽されたコスモス畑があり、子供の写真を撮ったり蝶と戯れる家族、バーベキュー場には食事を楽しむ仲間、川岸のブッシュがない場所ではルアーフィッシングの釣り人、そして周波数の高い音を見上げてみればドローンが飛んでいる。
 考えてみればこんな地方都市でも「ここではダメ」「あれはダメ」という制約がある場所だらけで、東京を見習ったつもりか禁煙エリアまで出来ている。これだけ自由な場所は他にはなかなかない。いざという時に生命財産を救ってくれる氾濫原だが、何もない時に楽しんではいかん、ということもない。真夏はさすがに来ないが、いかにもカブトムシやクワガタが集まりそうな木も多い。しかも幸いなことに雉が多く住み着いている注7)ために蛇も少ない。というかここでは見た事がない。蛇嫌いの私にはありがたい場所だが、蛇を積極的に好きな人は少ないと思うので(いないことはない、と思うが)、大部分の利用者にとっても良い状況だろう。

小貝川の顔


 小貝川は都度書いているように河川敷が冠水することを前提に諸々の設備が作られている。川岸に立って見ていても、川岸と水面が非常に近い。本流である利根川とは見た目の印象が異なる。
 従って自由に歩いて観察できるエリアは少なく、今回の観察点近くの小貝川リバーサイドパーク注8)付近を除けば足を踏み入れると大変なことになりそうな場所が多い。川岸も下左画像のようなパターンが多く、まさにズブズブな場所。オオイヌタデ、ミゾソバ、サンカクイなどが折り重なるように生えている。私のような植物観察者には持って来いの地形だが接近するにはそれなりのフットギアが必要だ。
 氾濫原には疎林がよく見られる。都度都度冠水する上に通常でも地下水位は地表近くまで来ているので、見られる樹木は湿地性のハンノキやカワヤナギが多い。


(P)上流方向 Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro


 現在、少なくても21世紀に入ってからは大規模な水害のない小貝川だが、こうした氾濫原と三つの河川堰注9)によって「僅かに」均衡が保たれているに過ぎない、と思う。比較的安全と考えられていた鬼怒川の決壊は記憶に新しいが、近年の降雨はなにしろ「想定外」が多い。恐るべきことに江戸期の利根川東遷注10)以前はその鬼怒川と小貝川が合流して現在我が家がある地点の数km北を流れていたのだ。東遷事業がなければ、また氾濫原や堰がなければご近所周辺のかなり広い地域はとても人が住めるような場所ではなかったに違いない。
 しかもそれは素人考えでも微妙な均衡の上に成立しているものだ、ということがこのような場所に来てみるとよく分かる。という「見る目」があったら当時ここに家を買うことはなかったと思うが、今更後の祭り。こういうインフラが想定外の天候に耐えられるように祈るばかりだ。


【小貝川】
水面から泥濘、植生が続く「昔ながら」の川岸
Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro
水面とほぼ標高差のない浸水林
Canon EOS KissX9 / EF-S60mm F2.8 Macro
脚注

(*1) 2018年8月(Nikon)、同9月(Canon)に相次いで発表された、いわゆるフルサイズミラーレスカメラ。自分の所有するミラーレス、SONYのAPS-CやOLYUMPUSのものではレフ機に対して「小さい軽い」以外のアドバンテージは感じられないが、SONYのα7シリーズを含むこれらのミラーレス新製品はAFが優秀で構造的にレンズ設計の自由度も高いために写りは良い、という。しかし今のカメラの写りに満足している私にとって、写りが良い程度、しかもフルサイズであるがために「小さい軽い」がスポイルされたものに新たに数十万円投資するか、というと微妙だ。

(*2) 埼玉県日高市にある曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生地。ホームページによれば約500万株のヒガンバナが群生するという。開花の話題とともにカメラマンのマナーの悪さも度々取り上げられるのは同じ趣味を持つ身として情けない限り。私は行ったことがないが、地形を見ると高麗川の湾曲部の内側に位置し、湿地も多いのでそちらの方が興味がある。ヒガンバナのシーズンオフは入場無料でもあり、シーズンを外して一度行ってみたいと思う。

(*3) 小貝川はもともとブラックバスの釣り場として有名だったが、近年ではアメリカナマズの釣り場としても有名になっている。アメリカナマズはアクアリウムで言うところの「チャネルキャットフィッシュ」。小さいうちに購入して鑑賞していたものが巨大になって飼いきれなくなり放流したものだろうが、ブラックバスが生態系を破壊した後に仕上げをするようなモノが居ついてしまい、どうしようもない。ある調査によれば在来のほとんどの魚類の他、甲殻類、軟体動物(貝類)、水生昆虫、水草、ヘビまで食うという。生態系を破壊どころか皆無にしてしまいかねない恐るべきデストロイヤーである。

(*4) ヒメタデ(Persicaria erectominor (Makino) Nakai)はその正体に付いて情報が交錯している植物の一つ。このサイトでも詳しい方のご協力を頂き検証(というほど立派なものではないが)をして来たし、その結果は記事として現存している。しかしアオヒメタデを含めた系統がすっきり整理されているかというとそうではなく、今回の観察では見られなかったように生態についてもよく分からない部分がある。過去、小貝川、江戸川を含めた利根川水系で何箇所か発見している。

(*5) 果実の写真を見て頂ければ分かる通り、ゴキブリの「ゴキ」ではなく、蓋付きの器(御器=ゴキ)である。本文にも書いたように、他のありがちなツル植物、ヘクソカズラ、クズなど強力な奴らに比べて繊細で花も美しい。発芽のシステムなどを考えると個人で育成するような種類の植物ではないような気がしてチャレンジしたことはないが、この花を見るたびに魅入られてしまう。今回の観察では相当数、過去に見たことがないほどゴキヅルを見られたのが最大の収穫だった。

(*6) 取手市内3箇所の小貝川河川敷で行われる花畑。ポピー、コスモス、ヒガンバナによる大規模な花畑が見られる。ただし声を大にしてアピールするほどのものではなく、たまにお世話になる茨城県千葉県のお花の名所というWebサイトによれば小貝川フラワーカナルは「撮応え:3 見応え:3 混雑度:1(5段評価)」となっている。(笑)しかし市内にやたら多い神社仏閣を除けばたいした被写体がない田舎の地方都市では貴重な存在である。

(*7) 雉は蛇が大嫌い(好きではないだろう)なようで、食うわけでもないのに見ると激しく攻撃する。ネットで検索してもヘビが死んだ後も蹴り続ける雉の動画がよく見つかる。従って雉が多く住み着いている場所ではヘビが少ない傾向がある。(少なくても自分の経験上)ここ小貝川の河川敷は雉が多く、人が入らない湿地帯のブッシュを歩いていると足元からバサバサと飛び立つことがあり、よく驚かされる。それでも個人的にはヘビに脅かされるよりは遥かにマシだ。

(*8) 正式には小貝川緑地という駐車場、体育館、野球グラウンド、テニスコート、乗馬場、芝生広場などが整備された公園。建造物や運動施設が冠水してはマズいので当然ながら堤防の外側にある。堤防内側、つまり氾濫原側にもバーベキュー場や散策路、上記小貝川フラワーカナルの敷地などがあるが、多少の降雨があると当然のように冠水する。困るのは氾濫原側に車が入れる道路があることで、氾濫原を観察していると時折交通規制が及ばないことを良いことに、物凄いスピードの車やバイクが走っている。危なくてかなわないので、そんなにスピードを出したければ筑波サーキットにでも行けよ、と言いたい。

(*9) 上流から福岡堰(つくばみらい市)、岡堰(取手市)、豊田堰(取手市/龍ケ崎市)と三つの大規模な堰が設置されており、これら小貝川の三つの堰は同時に関東三大堰となっている。福岡堰付近では小貝川取水の農業用水でキタミソウが見られる。どの堰も普段の小貝川を見ているとオーバースペックではないか、と思われるほど貯水量が多いが、これでも足りないかも知れないのは、110km以上の長さを持つ小貝川の流域に保水力を持つ森林地帯が少なく、多少の降雨であっという間に流量が増えてしまうことによる。

(*10) 利根川は徳川家康以前は当時の江戸湾(東京湾)に注ぐ河川であったが、江戸を水害から守るために現在の流路に東遷された。人工流路にしては湾曲部分が多いな、と思っていたが、東遷以前から存在した常陸川という河川の流路を利用したらしい。常陸川時代は暴れん坊の鬼怒川と小貝川が合体して合流しており、この一体は凄まじい規模の湿地帯であったようだ。タイムマシンが発明されたら真っ先に見てみたいものだ。


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