日本の水生植物 探査記録
Vol.133 梅雨の賑

Location 茨城県土浦市・牛久市
Date June 28, 2014 (Sat.)
Photograph RICOH CX5
Weather
Cloudy with occasional rain
Temperature
24℃
シードバンク


(P)復活したヒルムシロ 6月


 近隣に「面白い」湿地があり、暇があると通っている。面白いのは毎回思いもよらない植物が発見できるからである。単に注意力散漫で前回は気が付かなかった、ってのもあるが(それじゃ単なるアホですな)、去年はたしかに何もなかった水面にヒルムシロが浮葉を広げていたり(画像)、カンガレイが顔を出していたりするのである。今年はこの2種に加えてヒロハイヌノヒゲも見られた。去年同時期にこの湿地で撮影した画像をつぶさに見、記憶をたどったが、この3種はなかったのでおそらくシードバンク(*1)からの発芽であると思う。

 湿地植物好きにとってこのように楽しい事になっているのには理由がある。植生から見るとこの湿地群(土浦市と牛久市の2箇所)は元水田であったと思われるが、どちらも水生アヤメを植栽し、ささやかな水生植物園となっているのである。毎年排水路の掘削や木道の設置など何らかの撹乱が発生し、埋土種子が覚醒するのだ。今年はどんな湿地植物が復活するのか、考えるだけでワクワクする。もちろん「水生アヤメ」には興味があまりない。難を言えばこの湿地を訪れる人々、私を除いてほぼ100%の人がアヤメを見に来ることで、キタミソウ自生地の桜並木状態(*2)であることだ。しかし今時無料でこんなに楽しめるモノはそうそうない。いや、有料でも数百円程度なら支払う価値はある。私にとっては筑波実験植物園(*3)がそんな存在だ。ここは言ってみればシードバンク実験植物園か。心と時間と、なによりも広い庭があればここの土を少し頂いて自宅で埋土種子発芽実験をしてみたいぐらいだ。



 今年は例年に比べ5月から精力的に動けている、と思う。人生が残り少ない事を自覚したってのもあるが(平均寿命から見ると7割近く終わってるし、結構重めの持病は平均より多く持っている)、ヘラオモダカに続くライフワークの「種」が見つかってしまい、こいつがプチ・スプリング・エフェメラル(*4)だという理由による。そうでもなければ小雨が断続して降る梅雨の真っ只中にこんな場所には来るはずもない。

 ライフワークの種はゴウソ(カヤツリグサ科スゲ属)である。茨城県南部〜千葉県北部ではなぜか自生が希薄なこのスゲは果胞、つまり穂を構成する一つ一つのツブツブにある嘴の太さや長さが産地によって微妙に違うのである。従って穂全体を見た際の印象も異なるものがあって、奥行を感じさせるテーマとなりつつある。もちろんゴウソの近似種、ホシナシゴウソやヒメゴウソの存在は理解した上での話。
 この湿地ではこれまでは見られなかったが、毎年新たな植物が復活する場所なのでもしやゴウソも?と思ったのだ。残念ながら今年は見つからなかったが、前述のようにヒルムシロに続きヒロハイヌノヒゲ(ホシクサ科、右画像)も発見。見慣れた植物でも復活を見るのは嬉しいものだ。

 さらに貯水池の最奥では前述のカンガレイ発見。念のため指で茎をグリグリと触診。これはもちろんタタラカンガレイ(*5)かどうかを調べるため。2〜3年前は各湿地でカンガレイを見かける度にこの「儀式」を行っていたが、どうやら癖になってしまったようだ。今になってみればなぜあの時タタラカンガレイにあれほど入り込んだのかと思うが、何年かするとゴウソやヘラオモダカもそう思えるかも知れない。だが漫然と湿地植物を眺めるより何かしらテーマがあった方がモチベーションが持続するのは間違いない。


(P)この湿地では初見のヒロハイヌノヒゲは結構な株数が発芽していた。そして水田型と異なり草体がゴツくてでかい

「普通の」カンガレイ。植生から見ると元水田、人里近くの谷津田地形だがタタラカンガレイではなかった。まっ必ずしも地形によって出現する種が決まるわけでもあるまい ホシクサは相変わらず湿地全域に圧倒的な量が出現する。これほどのホシクサ(推定数万株)が一度に見られる場所は他にないだろう。

無作為の作為

 幸いなことにこの湿地、水生アヤメ園(*6)として利用しているエリアはごく一部で、その他はハスやスイレンが植栽された貯水池の湖畔が半自然の湖岸湿地となっており、そこには元々の植生が構成種となっており興味深い。
 地形と植生から元々谷津田ではなかったのか、と仮定したのは上記ホシクサ科に加え、アゼナ、コケオトギリ、サワトウガラシ、アゼトウガラシ、コウガイゼキショウといった水田で良く見かける種が繁茂しているからである。繁殖力の強いアシ、チゴザサなど中型〜大型の草本が適当に刈り取られるのも人里の撹乱そのもの。
 要するに農薬を使用しない昔日の休耕田の植生が見られるのである。それも年々復活する植物種が増加する傾向にあって「興味深い」以上に楽しいのである。元々はヒメナエの復活を見に行った湿地だが、今やホームグラウンドに近い位置付けとなっている。

 さて、まだ観察を始めて2〜3年の変遷だが、こうした環境で植生がどのように復活するのか間近に見て気が付いたことがある。アシやガマ、チゴザサ等は除き、裸地に近い状態(水生アヤメ園と一緒に整備された直後)から真っ先に復活するのは小型の水田雑草だ。ホシクサ科、ゴマノハグサ科、マチン科、イグサ科、小型の一年草は初期の段階で多くの発芽が見られる。この湿地のように条件が良ければ(日照と湛水状態の継続)そのほとんどが定着する。個人の僅かばかりのビオトープで最も定着が難しいのがこうした小型一年草だが、こういう姿を見ていると理由が分かったような気がする。これらを維持しようと思えばこうした大規模な環境が必要なのだろう。小型一年草達は自分達が気に入った環境で発芽する。それはすなわち種の存続に一番重要な条件なのだ。

 次いでカンガレイやヒルムシロといった「大物」だが、ヒルムシロは元々生産された種子のほとんどをシードバンクに貯める(*7)と言われており、復活の道筋は興味深い。自宅で10年以上栽培しているヒルムシロは実生を見たことがないが、花は毎年盛んに付けるので大量のシードバンクが形成されているはず。彼らがどのような条件で休眠を解くのかあちこち論文やらWebやら調べたがいまだに分かっていない。これもヘビーで歯応えのあるテーマだと思う。

 元々の谷津田、放棄されて年月が経っても重機で掘り返し整地し湛水するとこれだけ多様な植物が復活する。利用状況(アヤメ園)から見て意図したものではないと思われるが、運用が「無作為の作為」になっており、古の里山もかくや、と思われた。


(P)アゼナとコケオトギリの混生群落にヒメナエ(白い花)が混じる

抽水で育つハリイには穂先にクローンが多く形成されていた。水田ではあまり見ない光景だが、生育場所の影響があるのだろうか? 意外に美しいコウガイゼキショウ。居住地近辺では畔に除草剤を散布するためか、著しく減少している

意外な大物発見

 さて、おまけ的な発見だが、意外な大物を見つけてしまった。コンデジのデジタルズームなので画質は悪いがアズマツメクサである。この植物は環境省のレッドリスト(*8)では準絶滅危惧(NT)だが、同じランクのイヌタヌキモやアサザに比べると雲泥の差と言って良いほど自生地が少ない。
 また数少ない同好の士諸氏も「見たことがない」と仰る方が多い。これには(おそらく)理由があって、この植物の自生形態、生育条件、生育時期などの基本情報があまり知られていないためだと思う。個人的な感想ばかり書いていても仕方がないのでこの植物に付いて知り得た情報を書いておこう。探される方は参考にして頂ければ、と思う。

基本的に抽水
 アズマツメクサの自生地は5箇所発見しているが、うち3箇所は「アヤメ園」である。もっと書けば元水田のアヤメ園だ。水生アヤメ園では綺麗に見せるためか、アヤメの植栽場所を畝状にしているが、畝と畝の間は水が溜まり、こうした場所に抽水で自生している。何株か採集育成したことがあり、抽水ではなく鉢植え腰水で育成したところ短期間で枯死してしまった。2点目のポイントと併せて考えればかなり抽水志向の強い植物なのではないか。

乾田にはない
 残り2箇所は水田であるが、今や少なくなってしまった湿田である。自生形態はもちろん抽水。同じような大きさのスズメハコベやミズマツバは乾田でも見つかるが、アズマツメクサは見たことがない。もちろん私が見たことがないだけで言い切ることは出来ないが、前出2種やミズネコノオ、ホシクサなどが自生する自然度の高い水田でも見つけられないのでこれは真実に近いと考えている。

梅雨以降見られない
 本種が見られるのは5月下旬〜6月、梅雨の時期である。この時期に開花結実し盛夏には消えてしまう。夏以降には大型の草本が繁茂するので競合を避けるためなのか、あるいは別の理由があるのか分からないが、とにかく見られる時期は梅雨である。

 整理してみると、アズマツメクサは水田型植物で、しかも湿田型の抽水植物の性質を色濃く持っている、と思う。そして見られる時期が我々があまり野外活動をしない梅雨の時期を中心としている。要するに盛夏に自然度の高い湿地や乾田をいくら探しても見つからない、ということ。これが準絶滅危惧(NT)でありながら同ランクの他種と比して希少な印象を受ける所以だろうか。
 元水田(できれば谷津田)をアヤメ園やビオトープで利用しているような場所にはまだ残存している可能性は高い。深山幽谷人跡未踏の植物ではなく、元々里山の植物なのだ。この植物はキタミソウ同様、意外な場所で意外な時期に地味に残存している。詳細は別途Featureで取り上げたいと思う。


(P)アヤメ園の畝間に見られたアズマツメクサ


 こちらは「意外な大物」というには語弊があるが、見られない地域には全くないジョウロウスゲ。自生地は一応「関東地方以北、南限は千葉県」とされているので該当しない地域の方には珍しい植物だろう。ゴウソを探している過程でしばしば見かけるが遠目には区別が付かないので近寄って確認せざるを得ない。別な植物が本命のためか、ややがっかりさせられる。

 この植物は草姿の美しさと希少性によって人気があるようで、多くのWebサイトやブログで取り上げられている。異口同音に「希少」「保護」が語られているが(事実環境省レッドデータでは絶滅危惧U類(VU))、私の印象はやや異なる。
 ジョウロウスゲはわりと撹乱を好み、工事があった水辺で盛んに発芽する。霞ヶ浦の護岸のコンクリートの隙間、群馬県邑楽町の三面コンクリート水路の僅かな土砂の堆積などに生えている姿を見ている。そう言えば渡良瀬遊水地でも谷中湖の浮島で発芽している。言うまでもなく谷中湖は人工湖で浮島も造成されたもの。この植物の復活を自然再生のシンボル的に喧伝する手賀沼も、生えているのは造成した「ミニ手賀沼」の岸と大規模に造成したビオトープや湖岸湿地付近のみである。

 要するにジョウロウスゲは撹乱依存種の性格が強い。ニュアンス的に「希少」「保護」とはやや違うような気がするのである。もちろん希少で保護すべき対象なのだろうが、水辺の地下にびっしり種子が貯蓄されており、一度工事が入るとコンクリートの隙間だろうが僅かな土砂だろうが力強く発芽し開花する。ある意味冒頭のヒルムシロのような性格に思えるのである。

 さて、これまで取り上げてきた植物達は私にとっては興味を惹かれる「賑」だが、一般的には小さく地味で花も目立たない「雑草」だろう。この記事全体も梅雨時らしいくすんだ地味な印象となってしまったので、最後に「上臈」を取り上げてみた。


(P)ジョウロウスゲ。雌小穂の形状が優雅

脚注

(*1) シードバンク(Seed bank)または土壌シードバンク(Soil seed bank)とは土壌中に含まれる植物種子(埋土種子)の集団。翌年発芽するものもあるが、一定期間休眠するものが多く、環境変化に対する植物のリスクヘッジであるとも考えられている。埋土種子には環境条件が合うとすぐに発芽する非休眠種子と、何らかの条件により休眠を解除されない限り発芽できない休眠種子がある。多くの植物は種子の状態で数十年から100年程度生きると言われているが、なかには大賀ハスのように2000年以上休眠した後正常に発芽、成長するようなタフなものもある。
 本編に出てくる小型一年生草本の多くは数年以上の時間を経過して「復活」しているのでシードバンクを形成しているはず。ホシクサ科の種子など数年間保管したものが発芽する場合もあり、小ながら強靭な生命力を持っているようだ。

(*2) 以前の記事で書いたが、最寄りのキタミソウ自生地は土手に桜並木がある小河川の泥濘である。春に写真を撮りに行くと多くのカメラマンが集う桜満開の土手に背を向け、彼らから見れば「謎の被写体」を撮影することになる。正常なカメラマンの思考では、桜満開という格好の被写体に背を向けるカメラマンは変人である。このシチュエーションは背中に多くの視線が突き刺さる感触を感じ、居心地がよろしくない。水生アヤメ園で満開のアヤメエリアをスルーし、造成中のような雑草生い茂る湿地で撮影を行うのもまったく同じ。

(*3) 詳しくはWebサイト(筑波実験植物園)参照。国立科学博物館の組織である。普通の「植物を見せる」植物園ではなく(その側面もあるが)、コシガヤホシクサの復活やら絶滅危惧種を集めたコーナーやらマニアにはたまらん植物園である。中央広場の池にはガシャモクの群生の中からコシガヤホシクサが立ち上がり、岸辺にはタチスミレが咲き乱れる。こんな光景は世界中ここでしか見られない。
 一方、クレマティスやランのコレクションなど季節毎に企画展を実施、私の守備範囲もしっかりカバーしてくれている。お陰で一度入場すると最低4〜5時間は出られない。入場料(一般310円)のCPが異常に高い。この植物園が県内、近場にあって幸せである。

(*4) Spring ephemeral、春先に開花・結実し、初夏以降は休眠する性質を持つ一連の草花の総称。春植物とも言う。湿地植物には意外に多くの種類があり、ヒキノカサ、ハナムグラ、エキサイゼリ、ハルリンドウその他がある。気温が上がり虫媒にも有利な夏を成長や種の存続に使わない理由はアシやガマ、マコモといった大型の植物との競合を避けるため、もともと北方型の植物で高温に弱いため、など色々な説があるがよく分からない。
 アシ刈や野焼きを行う湿地では(渡良瀬遊水地が典型)大型草本の除去による太陽光と草木灰によるカリその他栄養分が担保されるため多くの種類のスプリング・エフェメラルを見ることができる。

(*5) Schoenoplectus mucronatus (L.) Palla var. tataranus (Honda) K.Kohno, Iokawa et Daigobo、最初の発見地である群馬県の多々良沼を和名由来とするカンガレイの変種。詳しくは本Webサイト水草雑記帳「彷徨う希少種」をご参照願いたい。
 タタラカンガレイはカンガレイ同様三稜だが稜が翼状に発達し独特の断面形状となる。このため指でグリグリすると判別できるが、数年前にこの植物にハマった際には各地でおそらく数百株「グリグリ」した。このため現在でもカンガレイを見かけるととりあえず「グリグリ」することが癖になってしまっている。

(*6) 水生アヤメ類はアヤメ科アヤメ属の植物であるが、意外なことにアヤメという植物はない。「アヤメ園」で見られる植物はカキツバタ、キショウブ(外来種)、ノハナショウブ、ハナショウブ(改良品種)である。もう一つの誤解は菖蒲湯の菖蒲はこれらキショウブ、ノハナショウブ、ハナショウブの葉ではなくサトイモ科のショウブである。この2点、意外に混同されている。
 ちなみにアヤメは山野の草地に自生し、湿地には生えない。古語の「あやめ」はショウブを指したとの話もあり、そのあたりが誤解の元になっているのかも。美しさの優劣をつけがたい時に「いずれがアヤメ、カキツバタ」と言うが、植物マニア的には自生地で分かるのである。

(*7) ヒルムシロは開花も盛んで種子も数多く生産するが、種子の発芽率は2%前後であるとされている。繁殖は主に地下部に形成される殖芽によるもので、98%の種子はシードバンクとなる。除草剤が普及する以前、ヒルムシロは水田の強害草、駆除難種雑草とされていたが、株を除去しても埋土種子の発芽によって復活してしまうからであろう。ちなみに発芽がどのような条件でスイッチが入るのかという点に付いては調べた限りでは分かっていないようだ。

(*8) 環境省の絶滅危惧種に対するランク付けは2段構えになっており、現在公開されているレッドデータブックは1995年から見直し作業を行った結果が反映された「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 -レッドデータブック-」である。もう一つは環境省版レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)で、より見直しサイクルが短いアップトゥデートな情報が反映されている。2014年現在公開されているものは第4次レッドリストである。ちなみにレッドデータブックは10年ごと、レッドリストは5年ごとに見直しが成されている。

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