日本の水生植物 探査記録
Vol.130 原野の蓼

Location 茨城県取手市
Date November 17, 2013 (Sun.)
Photograph Canon PowerShot S120
Weather
Cloudy and partly sunny
Temperature
17℃
痛恨


(P)晩秋の湿地は枯草色


 いつもの小貝川の定点観測地点だが、通常はこんな時期に来ることはない。この時期、湿地植物は次世代への橋渡しを終え、あたり一面枯草色、元気なのはオールシーズン型に近いイヌガラシやカントウヨメナぐらい。目ぼしい草も見当たらず河畔林のオオムラサキや甲虫達も姿を消している。自然観察の時期としてはあまり宜しくない。それでもあえてこの時期に来た理由はヒメタデの種子の収穫にある。

 実はヒメタデがらみで痛恨の出来事があり、心の中でずっと「借り」の状態が続いている。話せば長いし言訳じみるので手短に。関西の方にヒメタデ(エドガワヌカボタデ)を送付させて頂いた際にホソバイヌタデを誤って送付してしまったのである。普段からやや注意力散漫は自覚しているが春先、脳内お花畑状態+花粉症に加え、ここ数年安定していた氾濫原の勢力地図に大きな変化があったためだ。



 堤防内氾濫原の様子。例年轍がある通路の手前にホソバイヌタデとヤナギタデの混生群落、通路(と言っても滅多に人も車も通らない(*1))を中心にヒメタデが群落を形成する。これは定点観察開始以来、数年間変化がなかった。今年もそのつもりで轍の間に生えていた発芽直後のタデをろくに調べもせず「ヒメタデ」としてお送りしてしまったのだ。
 秋に頂いたメールには「頂いたヒメタデはホソバイヌタデになりました」とあり、しばらく何の事か分からなかった。もしやと思い自生地を再訪したのがこの日。
 昨年までヒメタデが折り重なるように生えていた湿った通路には勢力を拡大したホソバイヌタデがびっしり生えていた。もとより氾濫原であり撹乱環境なので多少の遷移は仕方がないと思うがこれは意外だった。なぜならイヌタデ属はホソバイヌタデ以外、ヤナギタデ、ミゾソバ、シロバナサクラタデなどこの湿地に自生する種はすべて「定位置」とも言うべき位置にあり、これは今年を含めて数年間変化していない。ヒメタデのみ消滅する「理由」が見当たらなかった、と言うか思いもよらなかった。まして葉裏の腺点を精査して、なんてことは頭の片隅にもなかったのだ。

 かくして多大なご迷惑をおかけすることになってしまったが、ホソバイヌタデも初見と仰って頂いたのが唯一の救い。ホソバイヌタデは利根川水系では普通種(*2)だが他地域では極端に分布が薄いようだ。ご依頼があって関西方面に何度かお送りしたことがあるが、こちらは腺点と独特な花色で少し調べれば間違いようもない。
 念のため辺り一面、氾濫原を調査したがヒメタデは見当たらなかった。それにしてもなぜヒメタデは消滅してしまったのだろうか。「だからこそ絶滅危惧種」という声も聞こえてきそうだが、それを言えばホソバイヌタデも絶滅危惧種だ。また環境には大きな変化はない。あえて言えば2013年は台風の規模が大きく、また頻度も高く、この湿地が数次冠水していることだが、元々ヒメタデはそういう地形を好む植物なので理由にもならない。

 小貝川の他の観測地点でも謎の変化がある。個人的お気に入り植物であるノカラマツとゴキヅルがまったく見られなくなり、ハナムグラも大きく数を減らしたことだ。遠目には何ら変化のない緑の湿地もミクロレベルでは様々な変化が起きているようだ。


色付いた部分、すべてホソバイヌタデだった。(右画像接写) 花穂も茎も明るいピンクのホソバイヌタデ
落穂ひろい


(P)河川湖沼畔のヤナギタデは大型化する


 既知の群生地はダメだったが、広大な氾濫原のどこかにはまだヒメタデが残存している可能性もある。いつもの定点観測は外堤防と本流の中間ぐらいまで(*3)だが、この日は本流際のより湿地性の高いエリアも見ることにした。この地点は地下水位が高く、所々に氾濫跡に残存した池があって歩きにくいこと甚だしい。いわゆる「ズブズブ」状態である。それが本来の湿地探査なのは十二分に承知ながら、そうした場合はそれなりの装備が必要なのだ。
 軽装(非防水スニーカー)ゆえになるべく乾いた部分を選んで歩き、蛇行しつつ本流際に接近すると、植物のまったく生えていない砂州に出た。こうした地形でもあつかましい植物、例えばタンポポやらオナモミ(小貝川に多い)は生えるが、この地点では冠水頻度が高く、表層の流失、堆積がごく短いスパンで発生し、なかなか植物が定着できないようだ。慢性の「裸地」とも呼ぶべきか、アシさえ生えていない。それどころかアシより抽水性の高いマコモも見当たらない状況だ。対岸にはマコモ帯が見えるが、こちらは河川が湾曲する外側にあって増水時の流速、水量ともに大きい。その辺が影響しているのかも知れない。
 砂州からやや隆起する地点にはイヌタデ属植物があったが、ほとんどヤナギタデとホソバイヌタデであった。ヤナギタデは水田に自生するものが概して小型なのに対し、河川氾濫原湿地ではやたら大型化し別種のような印象だ。この画像はやや屈んで撮影しているが、穂先は地表約1mの地点、大型種のオオイヌタデやオオケタデ並みだ。水田では稲刈後に急いで開花・結実するために小型なのだろうが、ここ本流際では刈り取る人もいない。これがこの植物本来の姿なのだろう。

 同じ氾濫原でも本流近くは攪乱の度合いが大き過ぎるのか、植物が定着していない地形も点在し、あまり探査の必要もないような状況だった。あの根張りの強いサンカクイがこの時期この状況。(下左画像)しかしこれは今年の異常な気候(*4)によるものかも知れない。普遍的な植物の状況を調べるのも目的に外れるしこれ以上粘っても仕方がないと思い、落穂拾い的に植物を探しつつ次のポイントに移動することにした。


これはまるで春先発芽後の状況 こっちは(イヌガラシ)あまり季節は関係ない
第二ポイント


(P)堤防内側に目的不明の道路が続く


 第二ポイントは定点観測地点からやや上流、有効利用をしているのを見たことがない河川敷広場、ただし丁寧に手入れ(草刈)はされているので大型植物が繁茂しない「撹乱」が発生している地点・・・と書くとあまりイメージが明瞭ではないかも知れない。簡単に言えばアシや笹を刈り取った、グランドにしては狭くピクニックエリアにしては広い謎の更地があるのだ。
 当初は町起こし的意味不明イベント「フラワーカナル」用地かと考えていたが、定点観測地点に比べてアクセスが悪すぎ、見物客が来るとは思えない。大型草本を刈り取ってくれるのでタデなど小型植物の探査には持って来いだが、まさかそのための更地でもないだろう。何らかのニーズがあるのは更地に続く道路に轍があるのを見れば分かる。超芸術トマソン(*5)ではない。



 この第二ポイントは小貝川の河川敷としてはやや異質で、笹が密生している場所が多い。乾燥が進んでいるのだろうか、笹以外にも潅木や陸生の草本が多く、湿地植物は本流際に集中している。
 ちなみに笹の密生は視界が悪く、際には画像のような石仏があって何らかの結界のような印象だ。何年か前に利根川の同様の地形で死体が発見されたことがあり、何があるのか分からんという、不気味な印象を醸し出している。
 謎の更地は本流近く、湿地性の強い地形であったがヒメタデ探査の指標となるホソバイヌタデ(*6)も見ることが出来なかった。念のため周囲も広範に見たがヒメタデを見つけることが出来ず、この日の探査は終了。

 かくしてまた一つ宿題が残ってしまったが、まだ江戸川や渡良瀬など本種の既知の自生地が残っている。シーズンをあたらめる事になると思うが再びヒメタデの調査をしようと考えている。それにしても本当になぜヒメタデが消えてしまったのか?他のイヌタデ属にあまり変化が見られなかっただけに謎が残る。種子が越流に流された状況も考えたが、それにしては他の一年生イヌタデ属が残存している理由にならない。夏のあまりの暑さに定点観測の間が空いてしまったことを反省しつつ定点観測はまた次期へ。


第二ポイントに群落のあったカントウヨメナ ミゾコウジュは早くもロゼットを形成していた
脚注

(*1) 堤防内は基本車両侵入禁止だが、河川管理(国土交通省の河川パトロールや委託除草・清掃事業用など)のために道路がある場所が多い。外堤防からの入口には障害物があって一般車両の侵入を阻んでいるが、釣りやバーベキューなどのために、障害物をどかして一般車両がよく入り込んでいる。上の方の画像の轍の先は本流へ続くが、最近この河川に増えたアメリカナマズを釣るための車によるものだろう。

(*2) 全国的に見ても希少なホソバイヌタデはこの水系では普通種だ。場所によってピンクのお花畑を形成するような自生地もあって綺麗だが、他の希少種、ミゾコウジュやハナムグラとともにポピーやコスモスを植えるために除草されてしまう場所も多い。ヒメタデ(エドガワヌカボタデ)も含め、ここにこれだけの希少種が群生し特異な植生を構成しているという認識は一般的ではない。

(*3) 小貝川は通常時(増水、渇水ではない時期)の水面と氾濫原の標高差がさほどない。要するに堤防内側は概して地下水位が高く、上の画像で見られるように好天が続いても轍の跡はジメジメした湿地状となっている。本流際まで行かなくても本文に登場するような湿地植物は広範に見ることができる。
 と言うのは表向きの理由で、本流際の池には巨大なウシガエル、ブッシュには雉が多く人が接近すると池に「ドボン!」、ブッシュから「ガサガサ、バタバタ」と大きな音がするので心臓に宜しくない。何が出るのか分かってはいるのだがこういうのに弱い。

(*4) 2013年は台風の当たり年で、例年以上に氾濫原への越流が発生している。かつて氾濫を繰り返し、私の自宅付近にも痕跡が残る水害の頻発した小貝川は関東三大堰(すべて小貝川、上流から福岡堰、岡堰、豊田堰)の整備のお陰で氾濫することはなかったが、今後増大すると言われる台風雨量が堰の調整可能な水量設計値を超える可能性は十分想定される。

(*5) 赤瀬川原平「超芸術トマソン」(1987ちくま文庫)参照。意味するところは「一見いわくありげ、意味があるように見えるが何の役にも立っていないもの」で、かつて鳴り物入りで読売巨人に入団したトマソンが「いかにも打ちそうな外見にも関わらず三振の山を築いた」様から来ているらしい。この道路も先には更地があって行き止まり、あまり役にたっているとは思えない。
 余談ながら本書表紙の写真はモノクロ写真一枚で衝撃と恐怖、撮影者への畏怖を覚える名作。赤瀬川原平氏はこの写真に付いて本文中で「これはもう馬鹿です」と書いているが、写真を趣味とするフォトグラファーの立場ではまったく同感である。かのロバート・キャパがノルマンディ上陸作戦で撮影した写真は恐怖のあまり手振れしていることが有名だが、ある意味ノルマンディ以上の極限状態で手振れもなく自分撮りに写った表情に日常性さえ感じられる「馬鹿写真」だと心から思う。

(*6) ヒメタデ関連でお世話になった長島永幸氏のフィールド観察の結論。ヒメタデはホソバイヌタデの群落に随伴する場合が多い。これは自分でも多くの自生地で確認している「事実」である。逆に言えばホソバイヌタデとヒメタデは撹乱の発生する河川敷地形が主たる自生地、と言えるだろう。

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