日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
ナガバオモダカ
(C)半夏堂
Invader Sagittaria graminea Michx

オモダカ科オモダカ属ナガバオモダカ 学名 Sagittaria graminea Michx
被子植物APGV分類:同分類
  国内 要注意外来生物(生態系被害防止外来種)

水路で群落となったナガバオモダカ 2014年6月 茨城県牛久市
キャッチコピー

 要注意外来生物に指定されたナガバオモダカはアクアリウムプランツのジャイアント・サジタリア(*1)そのものであることが知られている。帰化定着に於いてアクアリウムが原因の一定部分となった点は否めないが、逸出に関しては屋外育成の方が比率が高いように感じられる。
 販売されている本種は「ジャイアント・サジタリア」としてのアクアリウムの水草よりナガバオモダカ(又はオオウリカワ(*2))としての気中葉の販売の方が圧倒的に多く、需要もまた同様であると思われるからだ。

 ナガバオモダカを検索すると、メダカや金魚などの観賞魚の水草としてのキャッチコピーとともに多くの通販サイトがヒットする。なかには「メダカが喜ぶ」等、哲学的または形而上学的としか思えないようなコピーもある。冷静に考えてみると表情のない魚類が喜んでいるのか悲しんでいるのか、どうやって知ったのだろうか。「喜ぶ」と言い切るからには何らかの根拠があると思うが、おそらく「哲学的」な考察なのだろう。産卵場所、隠れ家としてメダカがナガバオモダカをオモダカやカンガレイ以上に喜ぶとは思えない。

 ポジティブな言い回しをすると、こうしたコピーは一般に絶大な効果を発揮する。メダカの飼育を始めたばかりの人間に「メダカが喜ぶ」と言えば何ら疑問を持たずにご購入である。かく言う私もアクアリウムを始めた頃「グングン水が綺麗になる」「コケが生えない」「難しい水草が簡単に育つ」等々、素直な性格も相まって効果定かならぬ商品を次々と購入した経験がある。もちろん書かれている効果の1割も実感出来なかったことは言うまでもない。
 今になって考えてみるとこうしたマーケティング手法はかなりダーティであると思う。例えば他ジャンルの商品、TVであれば4Kやブルーレイなど「数値化できる」「機能がある/ない」が一目で分かり、それが商品価値に直結する。しかし生き物相手の商品の場合、商品価値を引き出すためにはユーザーの技量という非常に数値化、客観化しにくいパラメータが絡んでくる。商品価値が十分に発揮できなかった場合、日本人的思考パターンとして「自分の技量が足りなかった」と思いがちだろう。そこに付け込むが如きコピーは反則であると思うのだ。
 そもそもこのコピー(メダカが喜ぶ)は、いわゆる悪魔の証明である。メダカに感情があるのかないのか誰も知らない。喜ぶはずがない、と指摘しても証明ができない。無いものは無いという証明ができない。この手の悪魔の証明的ロジックをキャッチコピーに用いて生態系被害防止外来種を販売するってのは法的問題以前にモラルの問題だと思うのだが、いかがだろうか、T園芸さん。

 それはともかくナガバオモダカは要注意外来生物である。環境省の解説には「これらの外来生物が生態系に悪影響を及ぼしうることから、利用に関わる個人や事業者等に対し、適切な取扱いについて理解と協力」とあるカテゴリーの植物である。「メダカが喜ぶ」と購入を煽る手法が「適切な取扱い」であるとは思われないのだが如何だろうか。
 夏のホームセンターには「ビオトープコーナー」が設けられ、多くの水生植物が販売されている。こうした趣味ジャンルが徐々にメジャーになって来たことは喜ぶべき状況だが、販売の中心となっているのは本種ナガバオモダカ、ホテイアオイ、ボタンウキクサ、またちょっとマニアックな品揃えの店舗でもバコパ(*3)やアメリカハンゲショウなど外来種が多い。極端な例だと思うが、この世界(ビオトープ系)では大手の業者のタグが付いた植物の鉢の隅からナガエツルノゲイトウが育っているのを見たことがある。こんな事をやっているとせっかく育ってきた水生植物の屋外育成の趣味が衰退してしまうのではないか、と思った。本種ナガバオモダカの野外での大繁茂を見るに付け、こうした思いを禁じ得ない。


(P) 2015年9月 茨城県牛久市

沼の岸で抽水 2015年5月 千葉県松戸市 同左

意外に多い誤認例

 このWebサイトにも誤った情報があるであろう(気が付けば修正するが)ことは否定しないが、すぐに対応できるWebサイトと異なり、書籍となった図鑑はこの点どうしようもない。であるので出版に際しては校正に校正を重ねるわけだが、校正者が誤った知識を持っているとスルーされて時折明らかな誤情報が出版物として出回ってしまう。
 校正という第三者的に見れば地味な仕事も「校閲ガール」というTVドラマで脚光を浴びたが、プロの校正者はひたすら文字を追い、言い回しや用語の使い方のみならず、時には時代背景を勘案した記述の矛盾などに鋭く切れ込んでいる。しかしプロの校正者はアマチュア植物愛好家を兼ねているわけではない。
 有名な所では平凡社の「日本の野生植物」に記載されたミズキカシグサとヒメキカシグサの写真はどちらもヒメミソハギである。マイナーな所で徳間書店「野山の花 秋」には本種、ナガバオモダカの2枚の写真に、それぞれヘラオモダカとサジオモダカというクレジットが付いている。葉形以前にどちらも開花写真なので(花の図鑑なので当然)単性花(*4)の時点で気が付きそうなものだが、文字校正の達人でも植物を深く知らなければこうなる(*5)

 さて、書きたいのは図鑑や文献の不備の件ではない。(もちろんそれはそれで問題があるが)情報を伝達する側も混乱するほどこの植物の形質が認知されていないのではないか、ということだ。これは要注意外来生物として指定された植物にしてはちょっとお粗末だ。
 たしかに開花期以外には百歩譲ってヘラオモダカと誤認する余地は多々ある。(サジオモダカには見えない)しかし開花すれば一目で分かるはずで、下画像のような誤りは起きないはず。こういう誤認の原因として、上記のような出版物の影響も少なからずあったはず。それを考えるとこうした誤認は影響力が強すぎる。さらにこの案内板を見た方の誤解が増幅される。
 ナガバオモダカには近似種(亜種?)にSagittaria graminea ssp. graminea、和名ヒメオモダカという種類があり、こちらもビオトープ植物として盛んに販売されている。この種が学名通りナガバオモダカのssp.(*6)なのか、たしかな所は分からない。見かけはナガバオモダカの小型版のような印象だが顕著な相違は見いだせない。またややこしいがアクアリウムプランツのサジタリア・スブラタ(Sagittaria subulata)も「ヒメオモダカ」と呼ばれることがある。こうした種類も含めて複数種がナガバオモダカとして流通している可能性もあり、余計に誤認の余地が大きいと思う。


(P)浅瀬の環境では群落が大きくなる 2015年5月 千葉県松戸市

菖蒲園の一角に植栽された本種 東京都江戸川区 2015年6月 その解説板 同左

植物体の特徴と性質

水深の浅い河川を占拠するナガバオモダカ 2014年6月 茨城県牛久市

 前述したように本種はヘラオモダカに似るが、開花すれば単性花なのですぐに判別できる。しかも過去色々な場所で撮影した写真を見てみると、全部雌花である。この点調べてみると日本に帰化定着しているナガバオモダカは雌株のみのようだ。つまりこれだけの群落を形成するのもすべて無性生殖(*7)であり、実生は行わない。無性生殖だけで要注意外来生物に指定されるほど繁茂してしまうのは、やはり外来種特有の競争力の強さ故だろうか。同じような例として雄株のみ帰化しているとされるオオカナダモがある。こちらももちろん無性生殖のみの増殖だが同様に要注意外来生物に指定されている。彼等が有性生殖まで行うとなれば考えるだに恐ろしい状況となってしまうだろう。不幸中の幸いか。

 植物体の特徴だが、開花期以外は前項で触れたように、また図鑑や公園展示で誤っているようにヘラオモダカにそっくりである。つまり同じように根生葉を出し形状も長い柄があり酷似する。成長期の判別点としてはやや葉質が厚いぐらいだろうか。また良く見れば葉裏には目立つ平行脈があるが、見慣れないとなかなか識別が難しい。
 開花期には花が単性花なのですぐに分かる。我が国の在来種、帰化種含めたオモダカ属植物で、この葉の形状で単性花を咲かせるのはウリカワと近似種のヒメオモダカしかない。しかしウリカワは概して草体が小さい(ウリカワは概ね草丈20cm以下、ナガバオモダカは30cm〜)のでわりと容易に判別できると思う。ヒメオモダカは正体不明、おそらくナガバオモダカの近似種なので、一緒に考えても良いような気がする。

 しかし何と言ってもナガバオモダカの最大の特徴は同属他種に比べて大群落を形成しやすいことだろう。似た草体のヘラオモダカの群落は1か所で見たことがあるが、それでもこの記事に掲載した写真のような密度はない。この大群落を形成しやすい性質が本種の指定に繋がったと思われるのが深泥池(*8)の事例だ。深泥池は水生植物としてミツガシワ、カキツバタ、ジュンサイ、ヒメコウホネ、タヌキモなどが自生し、また平野部では珍しく浮島があり多様な生態系が発達していることで天然記念物になっている。この池にナガバオモダカが大群落を形成してしまっため防除が不可欠となり「ナガバオモダカ=生物多様性の敵」という認識が形成されたようだ。環境省の要注意外来生物の解説にも「天然記念物の深泥池での大繁殖が確認された他、各地で野生化しており」とある。

 どちらにしてもナガバオモダカはフサジュンサイやオオカナダモ、コカナダモ、ホテイアオイなどと共に我々趣味者が猛省しなければならない逸出事例だと思う。しかし「利用に関わる個人や事業者等に対し、適切な取扱い」(環境省、要注意外来生物の解説)という表現で牽制されつつも、不特定多数に無制限に販売が続けられている状況は変わっていない。購入する側もほとんどの場合、そうした状況は認識していないだろう。これが法律で制限された特定外来生物と制限のない要注意外来生物の違いなのだろうか。だとすれば我が国ではもはや「良識」という安全弁は機能しないのだろうか。

脚注

(*1) アクアリウムプランツ、沈水葉としての呼称。テープ状の葉を持ち、セキショウモやコウガイモのようなイメージだが、葉長は短く葉幅があり、肉厚である。大きさが中途半端であまり見栄えもしないためか、私が以前周っていた数件のアクアショップではあまり販売されていた記憶がない。野外抽水環境では地下茎でよく増えるが、水槽内ではあまりランナーを出して増えることがないようだ。

(*2) 本種ナガバオモダカの別名として一部で使用されている呼称。一般的ではなく情報も少ないが、ナガバ「オモダカ」から受ける印象は矢じり型の葉(属名Sagittariaの意味)で、どちらかと言うとアギナシ、オモダカ、クワイ系統の印象であり、葉形や草体のイメージはたしかにウリカワに近い。

(*3) ゴマノハグサ科ウキアゼナ属の属名。水辺園芸植物としてバコパ、またはバコパ○○という商品名で夏に盛んに販売されている。またアクアリウムプランツのウキアゼナ属「バコパ・モンニエリ」は和名オトメアゼナとして外来生物法の要注意外来生物に指定されている。

(*4) 雄蕊か雌蕊のいずれか一方だけをもつ花を単性花と言う。不完全花、雌雄異花とも呼び、両者を備えるものを両性花と呼ぶ。複雑な話だが、単性花でも雄性、雌性の花を両者咲かせるのが雌雄同株、どちらか一方しか持たないのが雌雄異株である。

(*5) 徳間書店「野山の花 秋」(1989、近藤篤弘、近藤陽子著)に記載されているP36のヘラオモダカ、P37のサジオモダカの写真はどちらもナガバオモダカのものであることは上記の通りだが、さらにP38のコナギはどう見てもミズアオイである。植物に興味を持ち始めた頃に購入した図鑑なので愛着があって今でも蔵書であるが、今となっては色々気が付いてしまう点、残念。

(*6) 亜種、subspecies。ヒメオモダカ(Sagittaria graminea ssp. graminea)はナガバオモダカ(Sagittaria graminea Michx)と種小名((Sagittaria graminea)は同じで、ssp.亜種の関係にあたる。

(*7) 対立する概念は有性生殖。植物であれば雌蕊が雄蕊から受粉して結実し、種子を生じる。無性生殖はこのプロセスを経ずに植物体の一部が分離・分裂して新しい植物体を生じる。方式は地下茎、ムカゴ、不定芽など様々である。この方式は異性に出会うことが出来ない場合のリスクヘッジであると考えられるが、生じる植物体の遺伝子は元株とまったく同じであり、病気や環境変化の影響が同時に発生するリスクもある。遺伝的多様性に欠ける状態だが、多くの場合有性生殖も同時に行うので問題はない。驚異的なのはオオカナダモやナガバオモダカが無性生殖のみで生態系に影響を与える程増殖している点。

(*8) 京都市北区上賀茂深泥池町(京都市北部)及び狭間町にある周囲1.5km、面積9haの小さな池。場合により周辺湿地も含まれる。読みは「みどろがいけ」または「みぞろがいけ」。学術的にも貴重な池として1927年に国の天然記念物に指定されている。本文にあるように、この天然記念物の池に大増殖したことでナガバオモダカの要注意外来生物の指定が後押しされたのではないか、と思う。今更だが、天然記念物の池に外来種をリリースする神経が信じられない。



Photo :  RICOH CX5 SONY CybershotWX300 Canon PowerShotS120

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