日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
ヒレタゴボウ
(C)半夏堂
Invader Ludwigia decurrens Watt.

アカバナ科チョウジタデ属ヒレタゴボウ別名アメリカミズキンバイ 学名 Ludwigia decurrens Watt.
被子植物APGV分類 同分類
  外来生物法 現状指定なし

休耕田を占拠するヒレタゴボウの大群落 茨城県牛久市 2011年10月

【ヒレタゴボウ】
*別名の通り北アメリカ原産の一年草。1921年に高知県で採取された標本があるという説、戦後になって帰化したとの説など諸説あるが、現在では日本の広範な地域に定着している。休耕田など遷移環境では大群落を形成する傾向があり、同環境に自生する在来植物への圧迫が懸念される。
 和名では「ゴボウ」を名乗るがもちろん食用にはならず、農作物として栽培された歴史もない。近似の在来種チョウジタデ(Ludwigia epilobioides Maxim.)より草体、花が大きくある意味綺麗だが、園芸植物として利用されたという事実もない。来歴がよく分からない帰化植物の一つだが、何らかの輸入品、特に農産物への種子混入といったところが正解ではないだろうか。

帰化種ルート

 ヒレタゴボウはLudwigia属(チョウジタデ属)であるが、同属の多くの在来種や輸入水草と異なり親水性はさほど高くない。野外では概ね畦や休耕田など湛水されていない場所に湿生し、抽水することはあまりない。沈水葉も形成しないようなので、アクアリウム逸出の可能性が高く同じルートで分布を拡げて来たアメリカキカシグサとは出所が異なると考えられる。

 植物体の特徴はこちらでご確認頂きたいが、何と言ってもこの植物の最大の特徴は大群落、しかも純群落を形成することで、手入れされない休耕田など全面的に埋め尽くしてしまう。これはこれで絵的に綺麗ではあるが、帰化種特有の「あつかましさ」が感じられ、自然の草花の群生という優雅なものではない。
 トップの画像のような、フレーム内全部ヒレタゴボウの写真が撮れる状況は休耕田の増加ととも年々増えている。こうした光景を見ると特定外来生物ないし要注意外来生物に指定されていない注1)ことが不思議に思えるほどである。それほどインパクトのある大群落を形成するのだ。みれば休耕田区画内+程度で収まっているが、面積があればその分全部埋め尽くしてしまうだろう。

 ヒレタゴボウが国内にどのように持ち込まれたのかは上記の通り定かではない。しかし関東地方東北部での定着及び分布拡大ルートは分かっている。これは私の活動エリア内で最近起こっている出来事だからである。具体的には習志野や船橋(ともに千葉県)など東京湾岸近くで定着すると千葉県北部の印西や我孫子で大繁茂する。ついには利根川を越えて茨城県南部に侵入する。この一連の流れが僅か数年間で起きる。これは上記したアメリカキカシグサもまったく同じである。
 そして現在第二段階、つまり千葉県北部での定着大繁茂段階にあるのが特定外来生物ナガエツルノゲイトウだ。同じルートを辿るとすれば間もなく利根川を越えるはず。しかし幸か不幸か、茨城県南部の内水面にはナガエツルノゲイトウに駆逐されてしまう水生植物が残存していない。来たとしても多少の水質浄化というプラス面が加わるだけという皮肉。もちろんだからと言ってナガエツルノゲイトウの帰化定着を許容または容認するものではないが、帰化植物の進出が「侵入→在来植物の駆逐」と単純化できない現実もある。

 少し脱線するが、ここは考えなければならない部分だと思う。オオフサモにしてもナガエツルノゲイトウにしても、繁茂しているエリアは水質の問題等で在来植物が定着していない場所が多い。実態は環境省が警鐘を鳴らすように「在来種を駆逐」したのではなく、空き地(いわゆる裸地)に居座ったという感覚の場所が多い。そしてそこで魚類の産卵場所や水生昆虫の隠れ家など二次的生態系とも言うべきポジションを担っている。これらを特定外来生物として防除した跡に何が残るのだろうか。上記の通り特定外来生物を擁護するつもりは一切ないが、防除は自然再生と切り離すべきではないと思う。
 極論を言えば外来生物を防除する活動は在来の生物を呼び戻す活動とセットでなければならないのではないか、ということである。水辺公園と称する深い考えのない環境に園芸植物を植栽して「自然再生」と謳うような残念な環境行政はそろそろいい加減にして欲しい。

 本題に戻り、ヒレタゴボウは大群落を形成する。これは本種の種子生産性と発芽率の高さを示している。とりもなおさず環境を占有する力が強い、ということだ。しかし不思議なことに同じ環境に自生し見るからに弱々しいチョウジタデ注2)が駆逐された形跡はない。チョウジタデは元々さほど多い水田雑草ではないが、ヒレタゴボウが進出して来ても量的に変化したようには見えず、やや希薄な存在感が維持されている。帰化植物の最大の「害」は在来種の駆逐にあると思われるが、自生地や生態が被る同属他種に於いて被害が甚だしいのは一般的傾向。イグサに対するコゴメイ、カワヂシャに対するオオカワヂシャなどが代表的な例だろう。こうした状況を考えるとたいした害はないようにも思われるが、実は生態的地位という点で大きな変化が起きている。


(P)ヒレタゴボウの花 茨城県牛久市 2011年10月

生態的地位の変動



生態的地位の大主張 茨城県牛久市 2011年10月



 ヒレタゴボウが大群落を形成している休耕田、彼等が侵入するまではどうだったのか思い出してみるとそのうちの一つはたしかコナギの単一群落だった。コナギは帰化種ではないが(史前帰化種の可能性はあるが)、水田の強雑草注3)として嫌われている植物である。耕作田ではどっちみち防除対象であるし、休耕田、耕作放棄水田では何が生えようと農家にとっては興味がない。興味がないと言っては言い過ぎかも知れないが、水田で写真を撮っていると持ち主の農家の方とお話をする機会が多い。そこで知り得たのは農家の雑草の知識は我々非従事者と大差がないことだ。意外なようだが草取りするのに一々雑草の名前を知らなければならないわけでもない。かくして人知れず休耕田の花畑がいつの間にか青系から黄系に変わっている。

 しかし休耕田の植生が、在来種から帰化種に生態的地位の「主」が代わっていることは事実である。これから述べることはヒラtゴボウに限らず、アメリカキカシグサでもナガエツルノゲイトウでも、あるいは在来種間に於ける競合の結果でも同じなので読み替えて頂いてもよい。

 生態的地位(ecological niche)とは元々ダーウィンが「自然の経済における地位」という概念を提唱したものを具現化したものだが、自然の経済、つまり植物の場合で言えば自生している土壌、そこから得られる水分、養分や日照といったリソースの利用権、植物にとっての「経済的価値」を得られる地位、という意味だ。簡単に言えばこの場合、二種間においてヒレタゴボウが強くコナギが弱かったということだが、生存競争はプロセスであって生態的地位が結果である点、ややニュアンスが異なる。
 生態的地位の変動は単に植物種が変わったという現象のみならず、自然が連続した生態系である以上、様々な変動を引き起こしているはず。コナギだけを食草にする昆虫は思い浮かばないが、目に見える部分以外で、植物種が変わることで養分吸収の比率や地下茎の形状は変わっており、土壌の性質、土壌微生物の構成なども変動しているはずである。分かりやすい影響が見える変動がなくても将来的に何が起きるのか分からない点、帰化種の侵入はこうしたリスクが予想できない注4)のが怖い。
 土壌微生物の変動ぐらい大した事ではないと思われるかも知れない。しかし2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生は各地で土壌微生物を採集して人類に多大の貢献注5)をされたのではないか。こんな小さな世界でも無限の可能性があるとなれば、「単に植物種が変わっただけ」とはとても言えない。そもそも生物多様性の重要性は将来的に人類の未来を左右するかも知れない多様な生物資源を担保する意味合いが強く、自然保護とは異なる概念だ。以前は致命的な病気であった結核も、青カビというしょうもない、むしろ邪魔な生物が原料のペニシリンによって救われているではないか。

 さて、生態的地位に付いて「同じ生態的地位を持つ二種は共存できない」という定義らしきものがある。チョウジタデの例もあり、これはどうかなとも思えるが、駆逐される対象が同科同属の植物の場合が多いという話に過ぎず、考えてみれば上記例ではコナギ、別の休耕田ではキカシグサの大群落であったりアカバナやヌマガヤツリの混生群落だったり、駆逐された植物の科属はまちまちである。
 このことから、同じ生態的地位を持つ二種は共存できない、という定義は特定種に対する概念ではないことが分かる。しかし帰化植物の持つ圧倒的な侵略性がこの概念をより鮮明にしているのだろう。侵略性・爆発力が帰化種にとっての裸地であることによる一過性を過大評価している、という側面もあるだろう。一時あれだけ広がったセイタカアワダチソウの群落がいつの間にかススキ群落になっていた、という場所も多数ある。繰り返すがこの短期間での変遷、多様性のスポイルが将来何を引き起こすのか、まったく分からない。


(P)水田畔に広がるヒレタゴボウ 2014年8月 茨城県

その他大勢

 外来生物法上の特定外来生物には不思議な「特定外来生物」がある。スパルティナ属全種、というものだ。属まるごと、の指定であり新春福袋方式である。スパルティナ属植物による被害実態は周辺の地域を見る限り確認できないが、ある意味「巻き添え」になっている植物も含まれるのかも知れない。
 そして何が不思議なのかと言うと、外来生物法の主旨や選定基準を考えた場合、選定は本来的に「特定」の外来生物であって外来生物「群」ではない、という所。もちろん解説には種毎の危険性や帰化・被害実態に付いては一切触れられていない。(罰則付き指定なのに変でしょ?)

 下司の勘ぐり的見方をすれば、一つ一つ検証するのが面倒なのでまとめて袋に入れちまえ、という可能性も考えられる。本当に危険な奴は仕方がないが、同属であるという理由だけで「その他大勢」扱いされた植物があるのではないか、ということだ。しかしここで読み取れるのは種を飛び越えて属まるごと指定という道筋が出来ている、という点である。そして理由は「可能性」「恐れ」。これは非常に危険な香りがする。

 現在(2016年)Ludwigia属に付いてはルドウィジア・グランディフロラ(オオバナミズキンバイ、Ludwigia grandiflora)が特定外来生物に指定されているだけだが、環境省の解説には「含み」があり(「」内引、リンクページより)「ルドウィジアの名前で様々な種類の観賞用の水草注6)が流通、栽培されており、その中には浮葉ルドウィジア(L. sp. from Roraima)やL. sp. from Pantanal のように、本種に類似したものが含まれている。ビオトープ用の植物として販路があったと考えられる」とある。つまり「お上的」に言えば特定外来生物と類似の植物は簡単に特定外来生物に指定できる道筋がある、ということだ。

 ヒレタゴボウもLudwigia属だが、今後似たように排他性が強いLudwigia属が2つ3つ出て来た際に、特定外来生物「ルドウィジア属全種」という指定が可能になるのだ。何と言っても環境省もお役所、前例があればためらいはない。こうなると色々と巻き添えになる世界、アクアリウムや園芸などが出て来そうだ。脚注(*6)にも書いた通り、アクアリウムにしても園芸にしても文化と言えるだけの歴史も内容もある世界だが、こうした事態になった際、その世界の一定部分を喪失することになる。どちらもLudwigiaに限らず、キク科、ゴマノハグサ科、セリ科など主要メンバーの植物が指定となっており、こうした懸念がある。
 このコンテンツで度々述べてきたように、特定外来生物、生態系被害防止外来種の指定は具体的被害実態に基づいたものだけではない。可能性を視野に入れた選定となっていることは明らか。将来的にその可能性が消滅しても「間違いでした」ということは100%ない。そんなレベルで文化として育った趣味世界が失われても良いものなのだろうか。

 前述の通りヒレタゴボウは趣味世界からの逸出定着の可能性は少ない注7)。東京湾に日々荷揚げされる輸入品やコンテナに付着した種子から帰化定着したという推論が妥当なところだと考えられるが、環境省から見た帰化種としての位置付けはオオバナミズキンバイと同列である。その「同列」の列が長くなればまとめて「その他大勢」の道筋が出来ている。これは単なる想像ではなく、現に外来生物法の選定に於いて起きている現実なのだ。風が吹けば桶屋が儲かる注8)式発想ではあるが、これまでの選定種がほとんど「可能性」「おそれ」で指定されている点、十羽ひとからげの道筋がすでにある点、園芸、アクアリウムすべての趣味者に強く注意喚起したい。趣味世界のためにも注9)外来種ルドウィジアの新顔がこれ以上暴れないよう祈りたい。
 たかが趣味、と言わないで欲しい。趣味を除外すれば人間も単なる動物で、多少の複雑さはあるが原則食って生きて繁殖するだけである。生きるために必要な事以外が趣味であり文化であると思う。その文化から出た「錆」が環境を破壊してしまっては文化と文明の境目もなくなってしまう。


(P)休耕田故に被害実態は感じられないのだろうか 2011年10月 茨城県

脚注

(*1) 外来生物法上は無印であるが、環境省の様々な資料を読むと水草である多くのLudwigiaと同じ扱いにしたがっているように思える。再三であるが、外来生物法上の特定外来生物、要注意外来生物の選定は種毎の合理的な理由と現実の被害実態をベースに決定するべきだと思う。もちろん個人的にヒレタゴボウに対する「思い」もないし擁護するつもりも一切ない。

(*2) 別名タゴボウ(ヒレタゴボウの語源ともなっている)。アカバナ科チョウジタデ属の属名植物。Ludwigia epilobioides Maxim. ヒレタゴボウより小型で弱々しい。またあまり群落を形成しない点も異なる。ヒレタゴボウは基本的に花弁数4であるが本種は4、5、6とまちまち。ちなみに牧野新日本植物図鑑には、チョウジタデが花弁4枚・雄蕊4本とあり、近似種のウスゲチョウジタデも雄蕊4本と書かれているがイラストは5本になっており混乱の痕跡が見られる。簡単なようで難しい。

(*3) あまり一般的なカテゴリーではないが、(主に農業に於いて)害の強い雑草のカテゴリーを表現するのに「最強雑草」「強雑草」という区分けがある。ちなみに最強雑草には当サイト水生植物図譜掲載種ではハマスゲ、イヌビエ、ホテイアオイなどが区分され、コナギはコセンダングサ、タカサブロウ、アゼガヤなどと共に強雑草に区分されている。

(*4) と言っても「リスクの可能性」だけで外来生物法上の指定にかかる予防的措置は反対である。特定外来生物、要注意外来生物ともその選定理由を読むと「可能性」「おそれ」という言葉が羅列され、実際的なエビデンスがない。端的に言えば「人相が悪いので犯罪者」と言っているのと同じ。こうした法の精神は治安維持法とともに滅びたと思っていたがそうでもないようだ。

(*5) 大村教授が土壌微生物から見出した、寄生虫が引き起こす風土病の特効薬「イベルメクチン」はアフリカの風土病発生地域に無償供与され、年間約3億人を失明につながる病気から救っている。もともとこの土壌微生物(ストレプトマイセス・アベルメクチニウスという名前の放線菌)は静岡県伊東市内のゴルフ場の土壌中から見つけたものらしい。元々の存在、顧みられることの少ない土壌微生物と、その利用による絶大な効果に天文学的な開きがあり、本当に凄い話だと思う。

(*6) 環境省の文面では明確にアクアリウム、ビオトープ用の「水草」とされている。そこには沈水、抽水、湿生の区別はなく、今後の展開次第で大規模な「巻き添え」が発生する可能性がある。アクアリウムではルドウィジアは最も入手、栽培が容易で安価な水草の一つであり、レイアウトの重要なファクターであることは間違いない。属まるごと指定、という方法は「法律が文化を潰す」例だと思う。

(*7) ヒレタゴボウは本文にある通りアクアリウム、ビオトープの世界で販売されたり育成されたりした痕跡はない。しかし本種は成長期の草姿が妙に美しく、鑑賞用植物として私の知らない流通があった可能性はある。趣味世界からの逸出ではない、と断言出来ればよいが100%ではない、という意味である。

(*8) ことわざ。風が吹く→砂埃が激しく失明する人が多くなる→盲人が生計を立てるために三味線の需要が高まる→三味線の皮の原料である猫が殺される→天敵が減りネズミが増える→ネズミが桶を齧る→桶屋の仕事が増える、という書いていてアホらしくなる論理。意味は二つあって、ある事象が一見すると全く関係がないと思われる部分に影響する、という肯定的な意味と、関連性の感じられない因果関係を無理矢理つなげた屁理屈、という否定的な意味がある。

(*9) ニッチな趣味だが私もはまっていた「げっ歯類の飼育」は、外来生物法(タイリクモモンガ、タイワンリス、トウブハイイロリス、キタリス等の特定外来生物指定に伴う飼育の実質的禁止)、感染症法(全げっ歯類の輸入制限)によりほぼ消滅している。たかが「趣味」は「可能性」「おそれ」によって簡単に無くなってしまう。興味のない方にはどうでも良い話だが、趣味とは言え生きがいや癒しにしている人間も居るわけで。


【Photo Data】
・SONY DSC-RX100 *2014.8.31
・RICOH CX5 *2011.10.13

Invader Ludwigia decurrens Watt.
日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
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