日本の水生植物 水草雑記帳 Field Note
巷説検証「一年草と多年草」改訂版
ホシクサの不思議
(C)半夏堂
Field Note 改訂版ホシクサの不思議

水田に自生するホシクサ
Chapter1 育成上の謎と合理的解釈
 地元茨城県の筑波実験植物園にはすでに野生絶滅したコシガヤホシクサの屋外展示があり、生態観察が可能になっている。野生絶滅した経緯、その後の復活の取り組みは同植物園研究員の田中法生氏の著書「異端の植物 水草を科学する」(2012 ペレ出版)に書かれているが、コシガヤホシクサは意外なことに虫媒花だった、という「落ち」を偶然に見つけたことが大きかったようだ。
 地味な小さな頭花を見れば虫に対するアピール力に欠け、植物を多少知る人間なら誰でも風媒花だろうという先入観を持ってしまう。そもそも野生絶滅した砂沼(茨城県下妻市)では水位の管理の変化によって絶滅している。すなわち花茎を気中に出せなかったことによる。この事実は気中で風による受粉が出来なかった、と連想させるに十分だ。まさか虫(ハエの一種)が近寄れなかったため、とは思わない。

 こんな希少な植物も上記のように近年になって分かったこと、しかも決定的事実があり、広義ホシクサは十分に研究され尽くしているとは言えない。研究どころか趣味者、育成者の間でも様々な疑問や問題提起が成され続けている。本稿はそのごく一部に付いて自分なりに思うところをまとめてみたものだ。たぶん3回目ぐらいの改訂になるが、当初から謎の増加スピードが自分の理解力を超えており、現時点でも更なる改訂の必要性を感じている。この点ご承知おき願いたい。



謎の挙動


 アクアリウムプランツとしてもそのユニークな草姿から人気の高いホシクサ(広義)であるが、国内種海外種を問わず、育成していると不思議な挙動を目にすることが多々ある。例えば自分でも過去いくつかは経験があるが、アクアリウム系のWebサイトやブログなどからも情報収集し、ざっとまとめると次のような現象である。

(a)水中で花芽を伸ばし、頭花に子株を形成した
(b)水温変化の少ない水槽でも外の季節に対応し、開花し枯死する
(c)一年草なのに株分れして栄養増殖した
(d)花芽を切れば枯れないと聞いたが、切っても枯死した
(e)水中で育っているが気中葉と区別が付かない。


(P)ため池浅水域で沈水生育するホシクサ群落


 未知の挙動、不思議な現象はホシクサに限らず水生植物には多々あり、時として予想も付かない動きを見ることがある。栽培下(屋外)で一年草が越冬したり(アゼナやホソバノウナギツカミなど)、水生ランが数年に渡って爆発的に増えたのにある年一本も発芽しなかったり、といった現象は度々経験してきている。この理由を知りたければ表面的な解釈では解に到達せず、自然科学の多方面からのアプローチが必要になると思う。しかしそれでも正解にはたどり着けないだろう。これは長年同様の事象をあれこれ考えて来た私なりの結論である。正しいかどうかは分からない。しかし、自然科学、特に植物生理学の立場から話を具体化すると、例えば上記(d)の如き方法論は発想のベースとして、

一年草は花が咲き実が出来て枯れてしまう。そうであれば枯れさせないためには花を咲かせなければ良い

という恐ろしくシンプルかつ失礼ながら非科学的な思考があるはずである。例えれば「風が吹けば桶屋が・・」的思考。残念ながら事実は異なり、植物体は開花にあたりフロリゲン(*1)という植物ホルモンを分泌し花芽細胞を活性化させたことにより、植物体は「開花」の情報を得ている。花芽を切っても活性化した細胞から次々と花芽が伸び、その力が尽きれば枯死するだけである。それを「不思議だ」と言われても困ってしまう。他の事象もこれまで遺伝学や生態学ジャンルの知見により一応の解釈は可能だが、それは本題であるので後述する。

実質を伴わない加熱


 少し脱線する。非科学的思考よりも問題なのが「趣味としての過熱現象」。近年あまりにもホシクサ(広義)の人気が高まったためにネット取引を中心に色々な問題が起きている。人気の沸騰と知識の一般化が著しくアンバランスであることが原因だと思う。南米や東南アジア産のニューカマーなどは万円単位、国産でも南日本に自生するアマノホシクサ(Eriocaulon amanoanum T. Koyama)に至っては種子の相場が一頭花(ホシクサの「星」一個分)あたり7,000円以上だそうだ。それだけ金を払う人間のなかにアマノホシクサを正しく同定できる者がいるのだろうか。費用対効果とは言うが、モノにはすべからく適正な価格というものがあり、この観点から言えば希少種とは言え植物の種子である。私にはとてもそこまでの価値は認められない。

 ホシクサ(狭義、Eriocaulon cinereum R.Br.)のなかにも細い葉がより細い、種内変異のような位置付けのグループがあり、キネレウムナローなる名称で5000円近くで取引されている。国産だがそんな植物は記載されていないし、ホシクサ(狭義)の亜種変種扱いもされていない。単なる種内変異であって「細めのホシクサ」に過ぎない。それがキネレウムナローという商品名が付くことで高値に化けるのだ。需要と知識の一般化が不均衡な状態は詐欺の温床だ。欲しくて買うのは個人の自由だが「アマノホシクサとして買ったものが実はクロホシクサだった」「キネレウムナローの種子から普通のホシクサが芽生えた」というアホな目にあいたくなければ徹底的に勉強することである。理解できるまでは絶対に購入しないこと。中途半端なコレクターの存在が採集モラルを含めて植物趣味をダメにする。そんなものを見たくないという全く個人的な我儘であるが前書き代わりに書いてみた。

Chapter2 種と種内変異

獲得形質


 ホシクサ(広義)はいわゆる単子葉植物である。単子葉植物と双子葉植物の生態学的な差異はないが、単子葉植物は進化の度合いが深い、とされている。進化の度合いが深ければ、その過程で様々な形質を獲得しており、時と場合に応じて様々な現象を見ることが出来る。これが獲得形質の発現であり、冒頭のような現象の正体である、と一般化できると思う。

 一つ一つの現象を考える前に、より分かりやすい種内変異というものを考えてみたい。右画像は水田のホシクサ群落だが、同一株の散布体(種子)による、つまり遺伝的に同一と思われる群落でも草体の大きさ、葉の細さ、開花時期などがそれぞれ微妙に異なっている。
 もちろん日照や土壌中の栄養分など生育条件に拠る相違も当然あるだろうが、この30cm四方程度の範囲でそれを問題にするのはナンセンスだろう。
 この群落のなかで葉の細いものを選別交配すれば前述のキネレウムナローの出来上がりである。種内変異による形質の違いとはその程度のものであり、高価で取引される、つまり珍重されるようなものではない。(繰り返すが個人的価値観で金を出す行為を批判しているわけではない。買いたければお好きにどうぞ)

 獲得形質は「後天性遺伝形質」とも呼称される。先天性遺伝形質、まさに遺伝そのものに対する対義語である。定義としては「生物個体がその生存期間に環境の影響などにより獲得した形質」であって、遺伝するかどうかは長年の議論があり、現在では否定的な見解が主流となっている。しかし近年の京都大学の研究では「親世代に低用量ストレスを与えることで獲得されるホルミシス効果(ストレス耐性の上昇や寿命の延長)が、数世代にわたって子孫へと受け継がれることを発見(2017、西田・岸本・宇野)」とあり、必ずしも遺伝しないものではない、と立証されている。
 ただしそれも「種内」の話であって、葉幅が獲得形質であったとしても、葉の細いホシクサが別種として認識されているということではない。上記のように数世代は受け継がれる可能性はあるが、ある時突如先祖返りすることも十分あり得る。理由は別かも知れないが、園芸品種のパンジーを世代交代させていると年々原種のスミレに近づくという話と似ている。
 もっともそのパンジーでも変わった形や色を持つものが作出されると、暫くは高値で取引される。それは市場原理であって種が異なるから、という理由ではない。その意味でキネレウムナローを有価で取引することに反対はしないのだ。しかしその購入対象がこうしたもの、という理解は必要であると思う。


(P)同一の散布体によるものと思われるホシクサ群落

品種


 このように人為的に作出されたものは「品種(*2)」であり、分類上は「種」以下のカテゴリーである。「キネレウムナロー」は種名ではない。国際ルール(*3)下ではver.ではなくcv.である。自然下でたまたま発現したものはf.である。要するにどの場合も二名法(*4)上の学名はEriocaulon cinereumであり、同一なのだ。種と混同してはならない。
 それでも欲しい、コレクションに加えたいという気持ちには反対しないしする権利もないが、最低でも上記の事情を理解してからにして欲しい。そのレベルは言い方は悪いが花壇作りのレベルである。黄色いパンジーの隣には赤、その隣には青、見た目は綺麗だし自分もそのように庭造りするが、植物分類上はすべて同じ植物である。それはそれで良い。しかしマイナーな野生植物の場合、自分がだまされるから仕方がない、では済まないのだ。こういうやり取りは繰り返しになるが詐欺の温床になり「怪しい趣味」となって趣味自体の存亡に関わる事態になりかねないのだ。結果的に他の人間も迷惑するのだ。



 もう一つ、ホシクサ科の種内変異の例をあげてみよう。ヒロハイヌノヒゲ(Eriocaulon robustius (Maxim.) Makino.)の草体の大きさの変異である。他の植物でも自生環境によって多少草体の大きさはばらつくが、本種はそうしたレベルではなく大きな変異があるのだ。
 水田でよく見かける株は概ねロゼットが高さ直径とも10cm前後であるが、自然湿地では時に倍以上の株を見かけることがある。これを以下のように「論理的に」解釈しようとすると多くの矛盾が出てきて袋小路に入ってしまうのだ。

水田は稲が密集し日光が得られにくいため小型なのではないか
 →通常日光の得られにくい環境の植物は直径(植物体の充実)はともかく、光を求めて徒長する傾向が強いはず。モヤシが好例だろう。

稲との栄養分獲得競争がなく、自然湿地で巨大化するのではないか
 →稲のために高濃度に施肥を行う水田の方が栄養分は豊富であり、自然湿地にもアシやガマなど大型の抽水植物があり栄養分獲得競争が激しいはず。


(P)巨大なヒロハイヌノヒゲ湿地型 鉢の外径は約14cm、ロゼットの直径は20cmを超える


 そして自然湿地のヒロハイヌノヒゲも水田のものと同様のサイズであることがしばしばあり、一概に生育環境による変異とは考えられない。なので迂闊に「ヒロハイヌノヒゲ湿地型」という言い方もできない。自然湿地のヒロハイヌノヒゲは生育地毎に形質が引き継がれる事例もあり、同じ種内変異でもこちらの方がvar.レベルで遺伝的な要素が存在する可能性もあるだろう。あるいは地域変種の可能性も考えられる。悲しいことに本種はごく普通の一般的な植物であるが、身近では見られる場所が急速に減少しており、地域性を検証するサンプル数も得られない状態になってしまった。
 くどいようだがどのような場合でもこれらはヒロハイヌノヒゲ(Eriocaulon robustius (Maxim.) Makino.)であってそれ以外の何物でもない。もしこの湿地で見出された大きな株に「オオヒロハイヌノヒゲ」と商品名を付けて高値で売り出せば、それは分類ではなく詐欺である。もっともそれでも買い手が付くのがこの世界。また、この手の「分類」が正しく行われるようになったのはゲノム解析が導入されて以降、比較的近年であって、以前水深のある環境で大型化するミズオオバコが「オオミズオオバコ」と呼ばれていたことは記憶に新しい。(結果はどちらもミズオオバコ)
 ミズオオバコの場合、推測ながら大型化した株の種子を水深の浅い環境に蒔種すれば翌年はごく普通のサイズの株が育つと思う。この場合はミズオオバコが環境に応じた草体の大きさを決められる遺伝的形質を持っている、という話でいわゆる品種ではない。つまり植物分類上は区別できない。しかしヒロハイヌノヒゲはこの点の検証は私もしておらず、どこかでされたという話も聞かない。選抜と交配によって大型種が固定できればその時には立派な品種になるはず。くどいようだが、そのプロセスをすっ飛ばして商業目的に利用すれば、何の裏付けもない詐欺行為である。

Chapter3 種の存続とリスクヘッジ

現象を解釈する


 以下Chapter1で例示した様々な現象を紐解いてみたい。言うまでもないが、本稿は人間の解釈、つまり理由付けであって純粋な自然科学的アプローチではない。しかし神羅万象、理由のないモノ(構造にしても機能にしても)は淘汰されるという原則があり、人間にとって合理的な解釈であっても一定の真実は含まれているはず。簡単に言えば100点ではないが50点は取れているはず、ということだ。まずはChapter1で例示した、

(a)水中で花芽を伸ばし、頭花に子株を形成した

という現象に付いて。これはほぼ間違いなく偽胎生(*5)もしくは不定芽(*6)であると考えられる。ホシクサはその地味な花を見ても分かる通り風媒花である。水中では花芽を形成しても受粉が出来ないはずで、頭花で結実、開花することは考えられない。自然下でも抽水するものは開花時に花芽を水面上に上げている。この姿が正常な世代交代のプロセスである。


(P)頭花に子株を形成したシラタマホシクサ 自宅栽培


 もし水中で受粉、結実、発芽が出来たとしても相当低い確率だと考えられるが、栽培者はその確率を越えてしばしば水中で目にする現象なのである。合理的に考えれば、通常の世代交代プロセスを経ずしてクローンを形成する栄養繁殖(*7)の一種であると考えるに無理がない。ではなぜこのような現象が起きるのか、もしくは機能を持っているかという点に付いて考えてみたい。

 水生植物の多くは不思議な無性生殖の手段を持っている。殖芽、偽胎生、不定芽、種としてはヒルムシロ、ハタベカンガレイ、シラタマホシクサ、マルバオモダカ、そして本稿主題のホシクサなどである。これらの水生植物に共通するのは生育環境が遷移環境、つまり時により水没し、また時により乾燥に晒される環境であり、ホシクサの例で言えば水没時に開花・結実期であった場合、風媒花の受粉システムを持つ彼らは種の存続を維持できないということになる。
 論理的に考えれば種子を残せないために別の手段で子株を形成し、水中で維持存続が図れるように何らかのシステムが発動しているはずである。注記の通り偽胎生は「果実の中に胎生種子を作る」という定義があるため微妙だが、不定芽は植物ホルモンのオーキシン(*8)によって形成されるもので、「水没して一定時間が経過した」「開花期と重なった」など条件の組み合わせでオーキシンが分泌されるために形成されるのではないか、と考えられる。もちろんこれは現象面の評価であって最終的な解ではない。

 しかしこの現象はホシクサを水槽に植栽すれば必ず見られる、というものでもないのでオーキシンの分泌には水温や水質、土壌などより多くのパラメータが関与している可能性もあるはずだ。どちらにしてもホシクサが頭花に子株を形成するのは環境変動に対応したリスクヘッジである、と思う。彼らが主な自生地とする水田ではこの現象を見たことがないが、水槽特有の現象ではないことは画像のシラタマホシクサ(庭のビオトープ水中に植栽)で同様の現象が確認されたことで理解出来る。
 栽培者にとっては一年草の維持(採種、撒種)を省略して子株を得られるので「不思議だが邪魔ではない」現象だが、条件がよく分からないためにこの手段を使って意図的に増殖させることは困難である。そう考えれば一年草のホシクサ(狭義)を水槽に沈めるのは自然の摂理に反するが、ホシクサ的にはこうしてクローンを形成することで抵抗しているのかも知れない。

Chapter4 一年草のシステム

現象を解釈する2


 植物の開花のタイミングを示す言葉に長日植物や短日植物(*9)というものがある。年によってばらつきのある気温ではなく、地球の自転周期がきっかけとなっている点が「ミソ」だが、それでも日長と気温(水温)はリンクしており、花芽を形成するにいたる草体の充実に一定の気温(水温)が必要であることは動かない。では、

(b)水温変化の少ない水槽でも季節に対応し、開花し枯死する

という現象はどう解釈すべきだろうか。一年草は多年草に比べて、より進化の度合いが深いとされている。それは一年草が暦年内に発芽から開花、結実、枯死するシステムを持つ植物であり、逆に言えば一年に一回は受粉により多様な遺伝子を取り込むチャンスがあるからである。種の存続には可能な限り様々な環境変化に対応できる遺伝子を持っていた方が好ましい。


(P)水槽内では比較的容易に越年するホシクサ(左)とヒメシラタマホシクサ(右) 自宅栽培


 もっともアクアリウムを維持した経験がおありの方なら十分理解されていると思うが、「水温変化の少ない水槽」とは言え、夏場と冬場では大幅に水温が異なる。特に夏場は35度以上にもなり、植物の生育に問題が出る場合も多い。それはそれとして、の話だが、水温が一定、日長(照明)が一定でも生物時計が発動するなど、時間の経過を測る仕組を持っていると思う。(これは想像)
 なぜなら、自然下に於いても年によって気候や日照条件は大きく変動する。記憶にある限りでも極端な冷夏(*10)が何回か、ここ30年以内に起きている。日照が極端に少なく米の作柄も凶作と言われるほどの条件でも、これが故にホシクサや他の一年生水田雑草が絶滅した、という話は聞かない。この事を考えれば気温(水温)や日長(照明)は成長を左右する環境条件かも知れないが、種の存続という観点では必ずしも十分条件とは言えないのではないか、と思う。

 しかし、である。自生のホシクサを加温水槽で育成した経験がある方ならお気付きのように、水槽内でも必ず暦年内に開花、結実して枯死する、というものではない。場合によってはあまり草姿を変化させることなく2〜3年生き延びることもザラである。この現象は上記した一年草の定義を外れているが、この延命を可能にしているのは水温や日長(照明)ではない、と考えている。(厳密に言えば水温や日長(照明)は契機となっている。もちろん水田や湿地で数年生き延びるホシクサの株は見られない)ここで水槽内で見られる興味深い現象がその「理由と思われるもの」を示している。

(c)一年草なのに株分れして栄養増殖した

 株別れして版図を拡げる無性生殖は多年草型の増殖である。(一部例外はある)論理的に考えれば種子生産性、発芽率とも良好な一年生のホシクサがエネルギーを消費して行うべき増殖方法ではない。もちろんこのような増殖を水田や湿地など自然下で見たこともない。水槽水中という「特殊な」条件下で見られる、とすればそこに現象を紐解く鍵がある。

 ホシクサは稲作の伝来とともにやって来た史前帰化種(*11)であるとされている。熱帯アジア水田地帯のホシクサ科の分布を考えれば妥当性のある説と言えるだろう。雨季と乾季はありつつも温度変化の少ない熱帯では冬季を種子で耐える必要がなく、植物は「多年草的形質」を持つものが多い。この現象は、そこで得た多年草的な遺伝的形質が水温や日長(照明)という環境因子により発現している可能性が高いと思う。
 このような発現を「塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現の活性化または不活性化を行なう後生的修飾」(難しい日本語だ)としエピジェネティクス(*12)と呼ぶ。簡単に言えば遺伝子情報そのものである塩基配列は変わらないのに、後天的に遺伝子として持っている形質が出現したりしなかったりすることがあって、これを司っているのがエピジェネティクスというわけである。言い方を替えれば進化の過程で獲得した「形質」は遺伝子情報としては持っており、環境因子その他の要因により「発現」するということだ。
 この形質が発現せず、通常の開花、受粉、結実のプロセスはオーキシンの分泌によりシステムスタートと認識され、一年草のシステム終了が枯死となる。花芽の形成はオーキシン分泌後なので

(d)花芽を切れば枯れないと聞いたが、切っても枯死した

に対する解となるはずだ。

 一年草と多年草を巡るホシクサの紛らわしい挙動に付いては、コシガヤホシクサの解釈でも紛れが発生しており、東京農業大学農学部の宮本太先生もコシガヤホシクサの保護増殖に関わる研究に於いて(「」内同Webサイトより引用)「また佐竹(1939)はコシガヤホシクサの根茎が他種にくらべ発達することから多年草であると記載しているが」と述べ、生態観察により一年草であると結論付けている。現象面だけを見ても分からないことだらけ、という意味に読み取れる。キーワードはおそらく「遺伝形質」である。

Chapter5 沈水葉とは何か

水の中の植物


 そもそもホシクサに「沈水葉」または「水中葉」というものがあるのだろうか?それ以前に湿地植物に於ける「沈水葉」「水中葉」の明確な定義があるのだろうか?この命題に付いてはもっともらしい解説は散見できるが、いまだに納得できるものは見つかっていない。
 形状(水流抵抗を軽減するために〜、とかクチクラ質(*13)を形成せず〜、など)に着目しても、それこそエピジェネティクスによる異形葉まで考慮に入れれば「これだ!」という断定的な解は出てこないのである。完全な沈水植物であれば話は簡単、最初から水の中で育っているのでヤナギモのように柔らかい葉もイバラモのように硬質な葉も等しく沈水葉である。
 難しいのは「沈水葉で育っている」状態は「気中葉のまま耐えている」状態と、少なくても外見上は同じである事なのだ。水中でいくらかでも成長すれば水草(沈水葉)扱い、というのではホームセンターでオリヅルランやポトス(どちらも観葉植物)を水草として販売しているのと変わらなくなってしまう。


(P)コシガヤホシクサは頭花を気中に伸ばす以外は草体が常に水中にある


 沈水葉と気中葉の機能的な違いは気孔の有無である、と一般的に定義されている。気中にある際には気孔を通じて酸素を取り込み呼吸を行うが、水中にある際には水に溶存した酸素を水と一緒に取り込んで呼吸を行う、というものである。これは一面真理かも知れないが、ホシクサやその他「気中葉と見分けが付かないが水中で緩慢に成長する湿地植物」には当てはまらないかも知れないのだ。以下に述べる推論から、個人的にはホシクサは本来的意味の沈水葉を形成しないのではないか」と考えている。この場合の「本来的」はガス交換を水と一緒に行う、という意味である。

 「成長が緩慢である」これはすなわち代謝が活発ではない状況を強く示唆するが、水中から溶存酸素を調達できれば代謝は行える。現に沈水植物はそうして成長している。しかしそちら(沈水化)にエネルギーを取られ、開花も含めた成長を早めることが出来なければ一年草生理としては理屈に合わないのだ。ここでもう一度ホシクサ科の自生環境を考えてみると、冠水の可能性が常在する湿地である。冠水しても死滅しない機能は沈水植物になる以外にも持っているはずである。(水槽内で枯死しないぐらいなので)
 では呼吸のための酸素や光合成のための二酸化炭素調達はどのように行っているのか、と言うとエンドサイトーシス(*14)のようなものではないか、と思う。イオン化した物質であればイオンチャンネル(*15)で取り込むことが出来るが、酸素や二酸化炭素はイオンではないし、大きな分子である。エンドサイトーシスのような比較的受動的要素の強い物質の取り込みでは量的に問題はあるが、枯死に至るほどではない。しかし成長エネルギーへの振り分けが不足する、これが緩慢な成長の実態ではないか、と思う。もともと湿地での冠水は一時的なものであるし、最低限生き延びる機能があれば問題はない。

 以上、ホシクサの不思議として目に見える様々な挙動を考えてみた。切り口として遺伝、植物生理、生態など多岐に渡るが、自分なりには納得できたつもりである。しかしまだまだ勉強不足、理解不足は自覚しており、このカテゴリーに関して他に情報やアドバイス等があれば何なりとメールにて頂ければ幸甚である。一度公開した本稿であっても、追記、訂正、書き直しの手間は厭わない。

脚注

(*1) 植物ホルモンの一種で花成ホルモンとも呼ばれる。開花が日長により支配されることは昔から分かっていたが、この情報伝達がどのように成されるのか長年の謎であった。20世紀末に京都大学の研究者によりシロイヌナズナから発見されたFT遺伝子(1999 荒木)の研究により、FT遺伝子が産するFTタンパク質がフロリゲンである、と解明された。(2007 荒木)フロリゲンは概念的な存在だが、タンパク質はれっきとした物質、実態であって荒木先生の研究成果は画期的である。

(*2) 栽培品種の場合(例えば本文中の例で細葉のホシクサを形質固定できたとして)、我が国では(おそらく)cultivar(cv.)で種以下の単位として表現されるはず。来歴によってはvariety(var.)やform(f.)も「品種」と表現される。例えば様々な形質や花色を持つパンジーはすべてViola X wittrockianaだが、「何やらスミレ」とか「虹色ほにゃらら」など「品種」として扱われている実態がある。

(*3) 植物の名称で国際的に共通するのは学名であり、名称付与のルールを定めているのは国際植物命名規約(International Code of Botanical Nomenclature, ICBN)である。観賞用輸入水生植物の場合、名称は一見学名に見えるが、実はインヴォイスネーム(輸入通関用のタグ名)であり、まったく異なるものである。さらに言えば正確ではない場合が多い。

(*4) 別名は複名法。種の学名を付与する際にラテン語で属と種小名を組み合わせることからこう呼ばれる。考案は1620年、 G.ボアン(スイスの植物学者 1560-1624)、その後C.リンネ(スウェーデンの植物学者 1707-1778)がその著書「自然の体系」(1735)で本格的に採用し広まった。二名法に付加情報が付く場合(三名法)があるが、その情報は命名者及び命名年号で、省略は可である。ホシクサの二名法表記の学名はEriocaulon cinereum

(*5) 本来の開花部位に新芽が形成される現象。果実の中に胎生種子(偽胎生種子)が形成され、ここから発芽する現象である。そのまま開花し種子を残す行為と異なり、すぐに発芽する点が実生と異なる。本文の通り水没等の環境変化に対応した水生植物のリスクヘッジではないかと考えられる。

(*6) 茎先端や葉腋など一定の部位から出る定芽に対し、葉や根など通常新芽を形成しない部位から発芽するもの。定芽と異なるのは芽のみならず茎や根など植物体としての機能を一通り備えている場合が多い点で、何らかの環境ストレスによって分泌されたオーキシンによりカルスを形成し、そのなかから発芽するもので、これも環境変化に対応した無性生殖の一手段であると考えられている。

(*7) vegetative propagation 植物の生殖様式の一種。胚や種子を経由せずに根・茎・葉などから生殖を行う無性生殖である。栄養繁殖には鱗茎、塊茎、球茎、根茎、ランナーなど茎の部位に由来するもの、塊根や横走根など根に由来するもの、その他ムカゴなどの様々な方式がある。

(*8) 植物ホルモンの一種だが、特定物質ではなく伸長を司る植物ホルモン群の総称である。植物体内では不安定であるが、何らかのスイッチ(これも環境ストレスと考えられる)によって多く分泌されカルス(植物組織の態を成していない細胞の塊)を形成する。カルスは不定芽を生じ無性生殖を行うので、オーキシンの分泌増大は種の存続のためのリスクヘッジではないか、と思われる。

(*9) 一日のうち一定時間以上日照があると花芽の形成を起こす植物が長日植物、日照時間が短くなると花をつける植物が短日植物。前者にはアブラナ、ダイコン、ナデシコ、ホウレンソウ、ムクゲ、ハコベなど多くの植物があり、後者にはキク、コスモス、イネなど夏〜秋にかけて開花する植物がある。両者をまとめて性質を表現する言葉に「光周期」というものがある。農作物にはこの光周期を利用して人為的に生産時期をコントロールしているものもある。

(*10) 最近では1993年の記録的な冷夏が記憶に新しい。この年の冷夏はフィリピンのピナツボ火山が大噴火し、噴煙や浮遊物が太陽放射を遮ったために起きた、と言われている。日本では米の作柄が極端に悪化、米不足をもたらし「平成の米騒動」と呼ばれる騒ぎも引き起こしている。

(*11) 遺伝的形質の類似性や分布などいくつかの物証により、人間の移動や交易、農作物の伝来などと共に帰化定着したと考えられる生物。ただし帰化時期が記録のない先史時代であるために推測の域を出ない。ホシクサ以外にも水田雑草の多くは史前帰化種と考えられている。ミズネコノオ、シソクサ、ミズマツバなど熱帯アジアに極めて近似した種があるものも少なくないことが一定の根拠となっている。

(*12) 本文にある通り定義は塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現の活性化または不活性化を行なう後生的修飾である。簡単に言えば生物が何らかの形質表現を行うのはその遺伝子を持っているからに他ならず、その遺伝子を過去獲得したにも関わらず通常では表現しないのは必要がないから、だと考えられている。これが何らかの外的要因(ホシクサの挙動で言えば冠水、水温、日長の安定など)によって発現する。(エピジェネティック変異)

(*13) キューティクル、とも呼ぶ(髪の毛の表層もこう呼ぶ。シャンプーのコマーシャルなどでよく聞く)。特定の物質名ではなく細胞が環境から身を守るために形成する膜である。植物は陸上に於いては直射日光や乾燥から身を守るために形成するが、水中にあっては水流に身を委ねてエネルギーを受け流すために邪魔となるために形成しない。これをもって沈水葉と気中葉の相違とする意見も多い。

(*14) Endocytosis 細胞が外界の大きな物質(分子レベルで)を取り込むための方法論の一つ。必要な物質を細胞表面に穴を作って陥没させ覆いこむような動きで取り込む。タイプが3つあり、食作用であるファゴサイトーシス、飲作用であるピノサイトーシス、受容体依存性エンドサイトーシスに分れる。

(*15) 細胞表面にある膜貫通タンパク質。イオン選択性があり、カリウムチャネル、ナトリウムチャネル、カルシウムチャネルなどがある。それぞれの物質に対応したイオンを取り込むことが出来る。取り込むためのエネルギーは電気化学ポテンシャルと言われており、イオン濃度差(植物体内と外界の)の勾配を利用したものである。

参考文献

□新しい高校生物の教科書 栃内新/左巻健男 講談社
□大学生物の教科書1 細胞生物学 David Sadava他 講談社
□エピジェネティクス入門 佐々木裕之 岩波書店
□異端の植物 水草を科学する 田中法生 ペレ出版

Field Note ホシクサの不思議
日本の水生植物 水草雑記帳 Field Note
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