日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
コシガヤホシクサ
(C)半夏堂
Feature Eriocaulon heleocharioides Satake


ホシクサ科ホシクサ属 コシガヤホシクサ 学名 Eriocaulon heleocharioides Satake
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2017 野生絶滅(EW)

撮影 2010年9月 茨城県(筑波実験植物園)

【コシガヤホシクサ】
*レッドデータとしては最も重い野生絶滅(EW)ながら、筑波実験植物園及び元々の自生地である砂沼(ともに茨城県)で復活のプロセスが実施されている。この点では同じホシクサ科で絶滅したタカノホシクサ(Eriocaulon cauliferum Makino)や 情報不足(DD)となっているが確実に絶滅していると考えられるオクトネホシクサ (Paepalanthus kanaii Y.Satake)よりは希望がある。特に筑波実験植物園では一般公開できる程株数が増えている。
 和名の「コシガヤ」は埼玉県越谷市が由来であるが、現在ではもちろん同地では見ることができない。野生絶滅の理由はその特異な生活環にあると考えられるが、詳しくは以下のチャプターで解説する。

共通点

越谷にあった珍種2つ


 コシガヤ(越谷)、と聞いて思い出す植物はキタミソウ注1)である。キタミソウは別記事で書いた通り、人間の都合による水管理にはまった場所でのみ自生が可能になっている植物であるが、実は「コシガヤ」以外にこの点もキタミソウと共通点がある。

 絶滅した砂沼(茨城県下妻市)では近年まで自生があったが、1994年の水不足の際に水管理が変更されて消滅している。水管理の変更とは農業用水用途の砂沼で、水不足により貯水量が激減した事実を指す。
 コシガヤホシクサは開花期以外は水中にあって、開花期のみ花穂が気中に出る環境で自生が可能になっているようだ。まさに生活史がキタミソウそのものだが、コシガヤホシクサは別にシベリアから飛来した植物ではない。キタミソウが精緻なバランスで自生地を見出した遥か以前に、国内には同じ方法論で存続していた植物があった、ということだ。あまりに精緻な存続基盤に拠る植物が減少し絶滅危惧種になってしまう点はまったく同じだ。

 この「水管理」は主な目的が水田への湛水である。キタミソウの場合は用水路と堰による管理、コシガヤホシクサの場合はため池の管理と違いはあるものの、植物体として貯水と落水のタイミングを利用して種の存続を図っている点は共通する。また花穂を気中に出して受粉しなければ子孫を残せない点も一部の例外を除く注2)一年草の他の多くの水生植物同様だ。種の存続に関わる存続基盤が人間の都合にシンクロしていることは、ある意味「環境適合」という力強さを感じる一方、脆さも感じる部分だ。

 自生があった砂沼は関東鉄道下妻駅注3)の西、約800mにある周囲6km、面積55haの何の変哲もない地方のため池だ。県内、特に県西部でやや有名なのは、長い海岸線や多くの海水浴場を持つ茨城県でも海まで距離がある地域で手軽に水遊びが出来る砂沼サンビーチというプール施設があることによる。有名な施設とは言え、いかんせん地方の施設であって、年々の利用者の減少と施設の老朽化等の理由により存続の危機を迎えているらしいが、県西部では「砂沼」と言えば砂沼サンビーチである。
 そんな観光施設に隣接する野池に超希少な植物の自生があったのは驚きだが、これもある意味茨城県的。県内の大規模な国営公園である「国営ひたち海浜公園」(ネモフィラやコキアの花畑が時折ニュースに)も、周囲は純粋な田舎、リゾートホテルやレストランが立ち並ぶわけではない。高速道路や国道ではかなり前から公園の表記があるが、たどり着いた際の荒涼たる風景は逆説的ながら感動である。コシガヤホシクサが砂沼で生き残っていたのも理由はそんなところか。


(P)2010年9月 茨城県(筑波実験植物園)

発見と絶滅

発見しては消えるロプノール的植物


 コシガヤホシクサは1938年に佐竹義輔氏が現在の越谷市、元荒川の砂州で本種を発見した。(記載、記載論文は翌年注4))しかしその後同所では発見できず絶滅したものと考えられていた。
 新種発見即絶滅というのも珍しい話だが、時代的に戦争が激しくなる時期であり植物どころではない世相と、戦争終了後の混乱を考えれば何となく事情は理解できる。

 長らく絶滅と考えられていた本種だが、1975年に再発見されたのが上記砂沼である。何の変哲もない田舎のため池、植物の存在は周辺住民には知られていただろうが、極め付きの希少種である認識がなかったであろうことはシモツケコウホネと同じはず。周辺住民にとっては「砂沼に何か雑草が生えている」といったところか。
 こうしてめでたく再発見されたコシガヤホシクサだが、20年後の1994年に同所で絶滅してしまう。理由は前項にあるように砂沼の水管理の変更である。1994年の渇水は「平成6年渇水」として知られており、九州から関東地方に至る広範な地域で渇水が起きている。砂沼はため池であって、渇水時に水を放流し、例年になく水位が下がった。

 前項でコシガヤホシクサとキタミソウの生活史における共通点を書いたが、どちらも生育期には水中にあることが必須なのである。1994年に結実期前の生育期に渇水と同時に起きた猛暑に草体が晒されて枯死してしまったのだ。シードバンクが存在しないのか注5)、という疑問もあるが、存在したとしても可能性のあった土壌も念入りに日干しされてしまったようだ。さらに致命的なことには、渇水がよほど応えたのか翌年以降、砂沼は常時満水で維持されることになった。コシガヤホシクサの希少性が認識されておらず、それ以上に特異な生活環も知られておらず、主たる産業である農業のためにこれは致し方ない。

 そもそもコシガヤホシクサはどうしてこんな綱渡りのような生活環なのだろうか。キタミソウの場合は(想像ながら)ツンドラ出身で高気温に弱く、たまたまだが水位によって気温から身を守っている、そのような環境に定着しているという側面があるが、コシガヤホシクサは違う。無責任に考えればホシクサ(狭義)やヒロハイヌノヒゲのように水田や湿地で生きれば良いのではないか。
 しかしこの特異な生活環には利点もあって、キタミソウを例外とすれば他に同様の生き方をする水生植物がない。つまり生存に於いて競合が発生しないのである。この点、かなり独特ではあるが拙作「彷徨う希少種」で述べたCSR戦略のうち「撹乱依存戦略」を選んだ植物であると言えるだろう。裏目に出たのは異常気象と人間の都合という突発的な他律要因である。少し長くなるが、この点を調査された参考文献から引用する。(以下、「コシガヤホシクサの保護増殖に関わる研究」東京農業大学農学部 宮本太より部分引用)


湖岸よりコシガヤホシクサおよび他の植物群の生育の確認できるところまでライントランゼクトを設定し、その生育状況と植被率から種間関係を明らかにした結果、ライン1では湖岸から6m付近までヨシが、6mから20m付近まではコシガヤホシクサの生育を確認することができた。コシガヤホシクサの生育地内における種間関係はヨシの植被率の高いところでは、コシガヤホシクサの植被率は低い。これは明らかに光獲得競争によるもので、コシガヤホシクサは光の獲得し易い解放地にその生育地を求めていると推察できる。また、ライン2では湖岸から4m付近までヨシが優先し、4mから9m付近まではコシガヤホシクサとヌカキビ、ギシギシ、アゼムシロ、マツバイ、ヒメホタルイ、ヒロハノイヌノヒゲの他の植物と混生していたが、9m以降はマツバイ、ヒメホタルイ、ヒロハイヌノヒゲのみの生育がみられた。このことからコシガヤホシクサはやや陸化の進んだ他の植物群の被圧の高い場所では生育が困難であり、他の植物群が生育しない全天地が生育に適していると推察できる。しかし、他の種群が生育しない全天地においてもコシガヤホシクサの生育が確認されないのは、種子の分散様式が水流に依存していること、また発芽後も冠水状態での水の動き等によりその生育が制限されていると推察される。


 こうして現在までたった2箇所でしか自生が確認されていないコシガヤホシクサは野生絶滅してしまった。他に自生地が見つからない状況を勘案すれば文字通り「絶滅」である。扱いはタカノホシクサやオクトネホシクサ注6)と同じ。ところが奇跡は起きるもので、上記の東京農業大学の宮本太氏が砂沼株の種子を採集し、育成していたのである。さらにその育成株を下妻自然観察クラブが引き継ぎ存続を図っていたのだ。突発的かつ想定外の要因で自生地が全滅したのにも関わらず、今日筑波実験植物園でコシガヤホシクサが間近に見られるのは彼らの功績による。


(P)2011年8月 茨城県(筑波実験植物園)

地味な虫媒花

意外な事実の発見


 コシガヤホシクサ復活の試みはこうして環境省生息域外保全モデル事業注6)として筑波実験植物園を中心とするプロジェクトにより砂沼株の末裔から開始されたが、素人の私が自宅でヒロハイヌノヒゲを育てるようには簡単には行かなかった。
 詳しい経緯は参考文献「異端の植物 水草を科学する」にあるが(コシガヤホシクサ以外にも情報量が多い良書であるので購入をお勧めする)、同書によれば自家受粉の際の結実率は55%、自然放置の結実率は90%だという。著者の田中法生氏によればコシガヤホシクサの花粉は粘着質で風媒花ではなく、何者かの介在が推測されたようだ。

 ごく「ザックリ」した中学生物では虫媒花は介在者である昆虫の気を引くために花が綺麗であったり匂いを出したり、チャーミングなモノを持っている、と教えている。私もそのような先入観があったのでホシクサ属は完全な風媒花だと思っていた。
 ここで日本の教育システムを攻撃しても仕方がないが、一般的な傾向を「丸めて」教えてしまうと例外をすんなり許容できなくなる好例だと思う。例外にこそ大切な真実が含まれている場合が多々ある。

 コシガヤホシクサが虫媒性が高いと分かったのは実験室ではなくオープン環境で、ヒゲナガヤチバエという湿地性のハエが頭花に集まることが確認されたからだ。と訳知り顔に書いているが、その記述を読むまでは「湿地性のハエ」なる存在はまったく知らなかった。そんなハエがなぜ筑波実験植物園にいたのか知らないが、筑波実験植物園の中心には池や湧水があり湿地地形と言えなくもないし、検索して調べた限りではヒゲナガヤチバエはわりと普遍的な種類のハエのようだ。
 ちなみに、であるがコシガヤホシクサの自家受粉注7)はなぜ結実率が半分なのか、また風媒を妨げるような粘着質の花粉を持っているのだろうか。植物のなぜ、は人間には推測しか許されないが、おそらく限られた場所でのみ交配を繰り返して来たためにこれ以上の進化(環境適応能力も含めて)が煮詰まってしまったことによるのではないだろうか。
 脚注(7)に書かせて頂いたように他家受粉のメリットは「遺伝子の組合せによる適応度の増大、さらに近交弱勢を防止すること」と解釈される。しかしコシガヤホシクサの群落の数を考えると、自生地(と言っても記録上2箇所だが)ごとに遺伝的には同一の群落であるように考えられる。結果的に自家受粉だろうと虫媒を利用した他家受粉だろうと「煮詰まり」は解消されず、遺伝的な強さが得られず野生絶滅への道を歩んでしまったのではないだろうか。ただ、こうした事も植物園の観察結果がなければ想像も許されず、他の多くの絶滅種同様に闇の中へ消えてしまったことを考えればプロジェクトの功績は大きいと思う。

 こうして筑波実験植物園では毎年夏の終わりからコシガヤホシクサの花が見られるようになったが、展示環境ではガシャモク注8)と混生させている。このガシャモクは環境省の工事の際に埋土種子から発芽した手賀沼系統のものと思われる。あえて混植しているのは「珍しい」という表面的な共通項もあるだろうが、人間の都合で絶えて行き、多くの人々は気にもしない「命」の、奇跡の2ショットを演出しているような気がしないでもない。


(P)2011年8月 茨城県(筑波実験植物園)


【コシガヤホシクサ Eriocaulon heleocharioides Satake】

2011年8月 茨城県(筑波実験植物園)
脚注

(*1) キタミソウは関東地方では埼玉県越谷市の自生地が有名だが、私は自宅近くに自生地があるために越谷まで見に行ったことはない。全国的にもそうだと思うが、関東地方は特に交通網が東京中心、東京に向かう交通は整備されているが、例えば私の居住する茨城県南部から埼玉県に向かおうとすると意外な時間と費用がかかってしまう。ちょっとした一極集中の影響。キタミソウの詳細に付いては本コンテンツ「Featureキタミソウ」を参照。

(*2) 水草というと子孫を残す生殖もすべて水中で完結する印象があるが、イバラモ科など僅かな例外を除き繁殖は水面上で行われる。ヒシモドキは1年草でありながら滅多に水面上で開放花を見られないが、水中の閉鎖花で盛んに結実し世代交代を行う。開放花を完全に捨てていない所を見るとイバラモ科のような完全沈水植物への進化途中なのか、はたまたその逆なのか分からないが非常に興味深い。

(*3) 関東鉄道と大きく出たわりには現在、取手〜下館間の常総線と佐貫〜龍ケ崎の竜ヶ崎線の2つの非電化路線しかないローカル鉄道会社である。以前は土浦〜岩瀬間の筑波線、石岡〜鉾田間の鉾田線などがあったが赤字で廃線、現在は「鉄道」というよりも比率から言えばバス会社になっている。ちなみに残存する竜ヶ崎線は中間に駅が一つしかない鉄道模型のような路線で、たまに車で踏切に引っかかるが一両の社内には乗客が見えない。なぜ残存しているのか見ている方が心配になるような路線だ。

(*4) 越谷市の元荒川での発見及び記載論文は佐竹義輔氏であるが、資料では新種記載は東京大学の前川文氏となっている。詳しいいきさつや理由は不明。学名には「佐竹」が付与されているが「前川」はないので何らかの混乱だろうか。

(*5) コシガヤホシクサの研究者として第一人者の東京農業大学、宮本太氏によれば本種はシードバンクを形成しない。(「異端の植物 水草を科学する」P260)この点でも水田や湿地に自生する他種ホシクサ属植物とは一線を画した植物だ。一年草である植物が埋土種子を持たない、存続基盤が脆弱で精緻、元々自生が少ない、これだけ絶滅の条件が揃っている植物が20世紀まで生き延びていたことがむしろ驚異的だ。

(*6) 環境省のWebサイトによれば「環境省では生息域外保全に関する知見や技術を集積し、多様な主体の適切な取り組みを推進するため、(社)日本動物園水族館協会と(社)日本植物園協会の協力のもと、平成20年度より「環境省生息域外保全モデル事業」を実施しています。これから生息域外保全を実施しようと考えている団体などが、取り組みの進め方や、適切に実施するためのポイントを理解する際の参考としていただくものです。また、飼育個体の不適切な導入により悪影響が懸念される例についても併せて解説しています」とある。要するに絶滅の危機に瀕した生き物は自生地に拘らず自然復帰を視野に入れた人為的環境での保護増殖を行う、ということ。

(*7) ご近所、筑波大学のWebサイトに分かりやすい解説があるのでご参照願いたい。この解説を読んでいると、距離的に(物理的な)いかにも自家受粉しそうな花でも様々な方法で自家受粉を避けていることが分かる。遺伝的多様性を守るための叡智だなぁと感心する。

(*8) いまさらガシャモクの解説ではなく、ガシャモクはなぜ環境省生息域外保全モデル事業のような取組が出てこないのか、という話。ガシャモクはアクアリウムプランツとして一定の流通量があり、ある意味広範に生息域外保全が成立している。かく言う私も以前友人から頂いた株を屋外で育成しており、絶えてしまう気配はない。繊細な絶滅危惧種というよりもむしろ丈夫な水草である。こうした例は昆虫のオオクワガタでも見られる。野生生物を育成する趣味の暗黒面が乱獲や採集圧にあるとすれば、救いは種の存続に図らずも貢献している点と言えなくもない。


【参考文献】
・異端の植物 水草を科学する 田中法生 ベレ出版
・コシガヤホシクサの保護増殖に関わる研究 東京農業大学農学部 宮本太

【Photo Data】
・Canon EOS40D / EF-S60mmF2.8 Macro *2010.9.29
・RICOH CX5 *2011.8.17

Feature Eriocaulon heleocharioides Satake
日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
inserted by FC2 system