日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
カキツバタ
(C)半夏堂
Feature Iris laevigata Fisch.


アヤメ科アヤメ属 カキツバタ 学名 Iris laevigata Fisch.
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2017 準絶滅危惧(NT)

撮影 2015年5月 東京都

【カキツバタ】
*いまさら解説の必要もないほど一般的に知られている植物だが、では他種、ノハナショウブや陸生のアイリスとどう違うのか、という点はあまり知られていない。自治体が運営する公園等でもノハナショウブや園芸品種に「カキツバタ」と種名表示があったりする。ホームセンターの園芸売場ではカキツバタ(紺)、カキツバタ(黄)というカオスな商品名が付けられているのを見たことがある。慣用句にも「いずれがアヤメ、カキツバタ」と区別が難しい言い回しがある。
 どこにでもあるような印象の強い本種だが、意外な事に絶滅危惧種である。ランクは準絶滅危惧(NT)と軽いものだが、同ランクの他の水辺植物と同様に水辺環境の荒廃が原因なのだろう。

よくある混乱

別物の菖蒲湯


 緩やかに廃れつつある我が国古来の習慣の一つに5月5日(端午の節句)の菖蒲湯というものがある。ショウブ(サトイモ科ショウブ属)の草体を入れた風呂に入るというもの。ショウブは昔から邪気を払う薬草だと考えられており、現代的な解釈をすれば子供の日に健やかな成長を願って続けられ、細々ながら存続した慣習と考えられる。
 郊外や農業地帯に近い地域では前日からスーパーでも販売されるし、水田の用水路や湖沼周辺でも自生しているので入手は容易である。かく言う私も子供が小さい時分には嫁の命により近所に採集に赴いていた。常々休日の不在に表情で不満を表明される水生植物の採集で、積極的な嫁の賛同が得られるたのは後にも先にもこれだけだ。

 しかし、この習慣が「廃れつつある」と思うのは、ショウブという植物をよく知らない人が増えてきたためである。植物を知らないから古来の習慣が云々ではなく、似たような名前の別の植物を誤認している例が多々あるのである。春の七草にキク科コオニタビラコ(別名ホトケノザ)ではなく、シソ科の帰化植物ホトケノザを用いるが如し。

 ショウブは前述のようにサトイモ科ショウブ属だが、実は端午の節句用としてハナショウブ(アヤメ科アヤメ属)の葉が販売されているのを目撃したことがあり、また菖蒲園(言うまでもなくアヤメ科の花を展示する植物園)で、妙齢のご婦人方が「葉っぱを菖蒲湯に使う」的な会話をよく聞く。紛らわしい名前だがショウブとハナショウブは全く別の植物である。ショウブの花は水生植物図譜の画像の通り、菖蒲園で鑑賞するようなシロモノではない。

 一方、漢字表記すればショウブもアヤメも「菖蒲」。誤解の余地が普遍的に常在する状態である事は間違いない。ある年、私が多忙だか病気だかでショウブの採集に行けず、嫁がスーパーで買ってきたことがあり、上記のパターンにはまったことがある。ハナショウブの葉を知らずに買ってきたのである。
 売る方も売る方だが、販売していたのは地元ではたくさん店舗のあるチェーン店のKというスーパーだ。大手でもこんなことがあるのかと驚いた記憶がある。ハナショウブの葉は風呂に入れようが味噌汁に入れようが、ショウブ独特の「すがすがしいが、長くかいでいるとくどい」香りは一切しない。まぁ実質的な効果を期待しているわけではないので本音を言えばどちらでも良いわけだが、厳しい言い方をすれば羊頭狗肉である。クレーマー的に言えば完全な詐欺だ。

 ショウブとハナショウブの誤解は甚だしい誤認だが、アヤメ属の植物間でも細かなレベルの誤認が起きている。冒頭に書いた通り「いずれがアヤメ、カキツバタ注1)」という言葉があるが、ひとつの解釈として「区別が付けにくいほど似ている」という意味がある。(もう一つの代表的な解釈は脚注参照)話が複雑になるが、このWebサイトで扱っている水生のアヤメ属にはアヤメという植物はない。どちらにしてもアヤメ属なので広義として「アヤメ」でも一向に構わないが、その「アヤメ」にはノハナショウブも本稿主題カキツバタも巻き込まれている、というのが一般的な認識の現状であると思う。

 カキツバタは採集される場合が多いのか湿地の減少ゆえか、とにもかくにも絶滅危惧種である。これが生態系被害防止外来種のキショウブや園芸改良品種のハナショウブと一緒クタに「アヤメ」とされるのも何だか残念なことである。せめて植物サイトではきちんと同定情報を載せてあげたいと思う。


(P)2015年5月 東京都

重箱の隅

微小な相違


 何を隠そう、ワタクシ水生植物趣味の期間(アクアリウムを除く)よりも園芸植物趣味の期間の方が長い。陸生のアヤメも大好きで、好都合なことに居住地周辺の畑地や民家の庭には種々様々なアヤメが植栽されている。自宅では「和風過ぎる」という理由で植栽が却下されているが、機会があれば色とりどりの花を育ててみたい。
 自宅で育成できない事情は水生でも同じなのだが、こちらも近所では休耕田利用注2)や、公園化したため池畔などに多く植栽されており、見たり撮影したりする対象には事欠かない。しかし観察した植物をサイトでご紹介する立場上(たいした立場ではないが)「いずれがアヤメ、カキツバタ」とも言っておられず、一応の見分け方を解説したいと思う。

 そしてのっけから怪しい話で恐縮なのだが、カキツバタのうち、同定ポイントは合致しつつも、どうも雰囲気が怪しいものの存在にも気が付いた。いわばカキツバタsp.注3)とも呼ぶべきモノだが、変種か交雑種か確証が得られずカキツバタで紹介してしまっている。(右画像の株)私見ながら園芸種の血が混じっているように感じる。
 言い訳がましいが、この属はやや交雑が発生しやすく、交雑の結果としての表現型が微妙な場合があって素人には如何ともし難いものがある。今や主流となった植物分類にDNA解析を用いる手法(APG)であれば怪しい植物も一刀両断できると思うが、アマチュアにはハードルが高すぎて手が出ない。あくまで「見た目」で判断するしかないのが現状だ。こうした紛れをある程度許容するとして、湿地性のアヤメ属の同定ポイントは以下である。

【カキツバタ】

基本的に抽水状態での自生が多い。外花被片、内花被片とも3で色は青紫色(園芸品種にはシロカキツバタという白花種あり)。花は直径10cm〜15cmになる。大きな特徴は外花被片の基部にある白い斑で、自生種カキツバタは間違いなく斑が白い。黄色っぽい線は入るが、印象として開花期の第一の同定ポイントである。

【ノハナショウブ】

基本的に湿生状態での自生が多い。外花被片、内花被片とも3で色は赤紫色、カキツバタより暖色寄りである。普通、花がカキツバタより小さい(直径10cm前後)ため全体がスリムに見える。外花被片の基部にある斑は黄色で、開花期のカキツバタとの相違点となる。また開花期以外でも葉の葉脈中央が盛り上がり、判別点となる。

【キショウブ】

上記の通り生態系被害防止外来種である。水辺にあって花が黄色い「アヤメ」はほぼ本種と考えても良い。ある程度乾燥にも耐えられるため自生可能範囲も広い。外花被片、内花被片とも3で他種と同様だが、外花被片の基部に褐色の条線があり、よく見ると条線部の黄色が周囲より濃い。残念ながら現在、水辺で最もよく目にする機会が多い「アヤメ」である。外来生物ながら積極的に植栽されているのが残念なところ。

【ハナショウブ】

上記以外のものは園芸種のハナショウブである。現在では改良が進み500以上の品種が作出されており、一概に特徴は語れないが概して観賞用として花が派手である。原種はノハナショウブで、原種に雰囲気が近いものから原型を留めないものまで様々なタイプが存在する。


(P)2015年5月 東京都



カキツバタ 基部に白い斑が見える

ノハナショウブ 花被は紫寄り、斑は黄色い

キショウブ 黄色い花被、基部の条線が特徴

ハナショウブ 色・模様はまちまち

実態との乖離

絶滅危惧種の「変」


 カキツバタは環境省レッドリスト2017で準絶滅危惧種(NT)に選定されているが、このランクが妥当なような気もするし、軽すぎるような気もする。このどっちつかずの感想は公園で多くの株を見ているからだろう。近辺の自然湿地ではあまり多く見た記憶がない。自然湿地、つまり自生に限って言えばミズマツバやスズメハコベとの遭遇率に近く、この意味ではU類(VU)に近い印象だ。

 前述のように、自然湿地にあったとしても栽培品・改良品種の逸出の可能性注4)もあり、レッドデータの更新速度を鑑みるに、こうした部分まで綿密に調査されてのランク付けとは思えない。これは批判ではなく、実態が準絶滅危惧と乖離しているのではないか、という疑問である。減少しつつある種に付いて日本全国津々浦々、すべての群落に付いて調査をすることが不可能なことは百も承知。
 仕事や遊びの移動で街中を歩いているとゼンリン(住宅地図の会社)の調査員はよく見かけるが、湿地を歩いていても環境省の調査員らしき人には出会ったことがない。中央官庁も統計データのインチキをするようなのでRDBも相当怪しいのかも。
 しかし「種の個体数」に着目すれば納得できるランクであることは確かだ。上記のように公園植栽されたカキツバタは相当ある。一方、レッドデータやRDBが「種の個体数」で判断しているかどうか、というと微妙。絶滅危惧種ランクには「野生絶滅」というものもある。仮に飼育下、育成下で相当数の個体が残存していたとしても野生(自生)がまったく皆無であれば「野生絶滅」である。

 聞き慣れない植物だが、ムニンツツジ(ツツジ科ツツジ属)というツツジがある。東京都・環境省とも絶滅危惧IA類(CR)であるが、実態は小笠原諸島父島に一株のみのみ残存である。東京大学大学院理学系研究科附属植物園注5)などが増殖の試みを行っており、一時夢の島熱帯植物館でも展示があった。散々試行錯誤を繰り返したが、増殖のポイントが分かり、事業が軌道に乗ったと報道もあった。
 さて、ここで問題です。父島の最後の一株が枯死し、東大などで増殖している株が残ればRDBのランクはどうなるだろう。正解は「野生絶滅」である。野生では絶滅であり、読んで字の如くである。こう考えると上記の「種の個体数」はレッドデータ、RDBのランクには影響を与えないことになる。回りくどい三段論法だが、この考え方を「正」とした場合、カキツバタのランクには公園植栽のものは含まれない。それで準絶滅危惧種(NT)で良いのか、という疑問である。これは湿地、湖沼を歩いてこの植物の目撃数と照らし合わせた正直な所。
 現実に環境省のWebサイトではこの区分は明確にされていない。レッドリストに関するFAQを見ると、検討対象は「日本に生息又は生育する野生生物について」とあり、暗示的に飼育育成下の個体数は含まれていない印象を受ける。他のジャンルで最も分かりやすい例はオオクワガタだろう。マニアの数が多く繁殖も盛んに行なっているため、実際にどのぐらいの個体数が存在するのか見当も付かない。それでも幼少の頃から相当山野を歩いてきた私も自然下では見たことがない。

 自分でも回りくどいと思うが、こう書かないと甚だしく誤解を受けるのでもう暫くお付き合い願いたい。結論としてカキツバタは準絶滅危惧であるが、公園植栽分を加味すれば納得できる、しかし野生下の遭遇率は他の絶滅危惧種U類に近い。また自然湿地で自生があったとしても園芸逸出や上記のように何らかの交雑があったり、こうした部分を考慮していない可能性も高い。以上を勘案すればレッドデータやRDBが残存個体数トータルではなく、自生のみを対象としている可能性が強い以上、準絶滅危惧はないな、というのが結論である。

 私は昆虫マニアではなく飼育の趣味もないので確かなことは分からないが、「種の個体数」を考慮した場合、オオクワガタの個体密度が最も高いのは東京都だと思う。何かのついでに都内の昆虫ショップを見学する機会があったが、オオクワガタの販売数が凄かった。バックヤードや幼虫の数も含めれば数百にものぼるはず。趣味者が育成、増殖している個体数を加味すれば相当な数だと推測される。こんな数が生息する場所はおそらく存在しない。だからと言ってオオクワガタは準絶滅危惧ではなく、環境省ランクは絶滅危惧種U類である。(これも軽い?)
 水生植物にもムジナモ(モウセンゴケ科、絶滅危惧IA類(CR))、ガシャモク(ヒルムシロ科、絶滅危惧IA類(CR))という極め付きの希少種がある。私の行動範囲では野生下でまず出会うことはないが、専門性の低い園芸店で何気に販売されていたりする。ムジナモはともかく(出来る人は出来る注6))、ガシャモクは育成難易度も高くないので趣味者の手元では増殖していることだろう。絶滅危惧IA類(CR)にはこの要素はもちろん加味されていない。我が家でもガシャモクが増殖しているが、もちろん環境省から育成株数に付いて聞かれたことはない。(当たり前だ)てなわけでカキツバタが実態通り評価されていないのではないか、という疑義を長々と提示させて頂いた。


(P)2015年5月 東京都


脚注

(*1) 14世紀に書かれたとされる太平記が出典なので、すでに600年以上使われているはずの言葉。であるのに意味が2通りあって、一つは本文にあるように「似た物事で区別が付きにくい」、もう一つはより限定的で「可憐で甲乙付けがたい女性」という意味である。私は長年後者しか意味を知らなかったが、たしかにアヤメ属の植物は同定が細かいポイントで前者も納得できる解釈だな、と思った。
 植物マニア的にはそもそも自生地形が違うので区別もへったくれもないと思うが、切り花にして一緒に飾る場合もあると思うのでそうした場合を想定した言葉なのかな、とも思う。とは言え、最近では陸生アヤメは古来のイチハツやヒオウギアヤメよりジャーマンアイリスなど花の色が多彩で大型のものが一般的になっており、この言葉(慣用句)も隔世の感がありますな。

(*2) 休耕田の利用法としては最も優雅である。水田地帯を散歩する周辺住民にもありがたい。ハナショウブは開花期が5〜6月であるため水田の湛水期間とも重なり、植栽すればさほど手間がかからない。基本的に年間通じて放置である所を見ると、出荷用として栽培しているわけではなく、農作業の合間に和むためのものだと思う。一方、商業目的ではないためにある年突然埋め立てられたりその他の事情で見られなくなってしまう場合も多い。

(*3) 一般的なハナショウブの原種はノハナショウブであるが、カキツバタにも改良された園芸品種が存在する。本文中のシロカキツバタはその一例だが、他にも多数あり、マイナー改良ではパッと見、原種と区別が付かない場合も多い。本文画像の株はどこがどう、とは言えないがそうした改良品種の一つかも知れない。

(*4) オリジナルが存在しながらも極めて近似した改良種があり、しかも逸出の可能性が否定できない。これは自然を評価(絶滅危惧にしても外来種にしても)最も厄介な状況の一つではないだろうか。本文で指摘しているのはレッドデータの評価基礎データとしてこういう状況を想定しているのか、逆に言えば自生地毎に正確な同定を行っているのか、という点。

(*5) 東京都文京区の通称「小石川植物園」。また栃木県日光市に分園もある。台地の斜面のような地形で正門は低い方にあり、園内くまなく見てまわると結構な運動になる。自然の森林のような場所も多く心が病んだ都会人にはもってこいだろう。元々は江戸幕府の薬草園で、その後小石川療養所も同地に開設されている。当時使用していた井戸などが現存する。時代劇で有名な「赤ひげ先生」の活躍の舞台でもあるが、モデルとなった人物はともかく、実在はしなかったようだ。
 入場料は330円、以前は正門前の売店でチケットを販売していたらしいが、私が初めて行った際には門内管理棟での販売になっていた。売店でチケットというレトロな方式が大好きなだけにやや失望した覚えがある。東大の施設だけあって、シダ園などマニアック全開な施設もある。

(*6) 水生植物の育成にはいささか腕に覚えがあるワタクシもムジナモだけは長期維持できない。しかし世の中には凄腕の育生家がいるもので、貉藻栽培録を見ると立派に維持増殖させている方もいる。自分の水生植物育成の基本方針は「放置」なので、基本方針を変更しない限りは無理だと思う。



【参考文献】 日本産アヤメ科植物 ニューサイエンス社 大滝末男著

【Photo Data】
・SONY DSC-WX300 *2015.5.1 *2015.6.15 *2015.7.15
・RICOH CX5 *2015.5.7 *2015.5.20

Feature Iris laevigata Fisch.
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