日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ヒメハッカ
(C)半夏堂
Feature Mentha japonica (Miq.) Makino


シソ科ハッカ属 ヒメハッカ 学名 Mentha japonica (Miq.) Makino
被子植物APGV分類 : シソ科Labiatae イヌハッカ亜科Nepetoideae ハッカ連Mentheae ハッカ属Mentha
環境省レッドリスト2017 準絶滅危惧(NT)

撮影 2008年9月 茨城県 湖沼の岸辺
RDB

 ヒメハッカは環境省RDBでは絶滅危惧U類(VU)であり、他の同ランクの植物達同様に文字通り非常な希少種の扱いであった。しかしレッドデータ(*1)では2007年版からなぜか準絶滅危惧(NT)に変更となっている。
 もちろん本種の自生地が増えたわけでも株数が増えたわけでもないと思うが、いちいち変更の理由が明示されるわけでもないので理由は不明である。レッドデータは見直し前提の修正情報が公開されるので(脚注(*1)参照)前回から「見直した」という事実が推測されるのみである。

 本サイトで都度触れている「RDB、レッドデータの調査方法に対する疑義」を持つにいたったのは、実はこのヒメハッカの変更がきっかけとなっている。実感として他の同ランクの植物(湿地植物のみの話だが)と分布実態に大きな乖離があるのは事実だし、前述したように急に増えたわけでも大規模な自生地が複数発見されたわけでもない。茨城県内では私の知っている自生地は2ヶ所、うち1か所は実態が不明となっている。(湖沼に人為的な注水が成され、接近が困難になってしまった。右画像)

 推測が許されるのであれば、変更の理由は誤認ではないかと思う。植物体の誤認(本種としてヒメジソやイヌコウジュを掲載しているWebサイトなどもある)もあるだろうが、言っていれば「伝聞情報の精査ミス」なのではないか、と考えている。RDBの基本となる自生地情報は環境省自身が調査はしていないと考えらる。実際に環境省のWebサイト、生物多様性センターの特定植物群落調査の調査方法に関する解説には「調査は都道府県に委託して行われた」「各都道府県に植物社会学、生態学等に知見を有する調査員によって、特定植物群落が選定された」とある。好意的に考えても中央省庁から都道府県への丸投げである。
 そもそも「植物社会学、生態学等に知見を有する調査員」とは何者だろうか。国語辞典で「知見」を調べてみると(一部省略)(1)実際に見て知ることまた、見聞して得た知識(2)見解。見識(3)仏語。事物に対する正しい認識。また、知識によって得た見解、とあって(3)はともかく、(1)(2)であれば私も少ないながら持っている。私如き者も調査員の資格を持っているとすれば、何らかの公的資格は必要なし、見聞して得た知識があれば立派な「知見を有する調査員」である。そしてそこから何段階も情報が遡上する。果たして正確性は・・・。
 何気なく、また小さなフォントで書かれているので読み飛ばれてしまう場合が多いのだろうが、お役所的修辞の文章の真意を紐解いてみると「末端の調査員は学生アルバイトでもOK、ただし知見を有するために作業の前にパンフ読んどいて」的な世界が見えないだろうか。

 事細かに指示を出している点、丸投げではないという反論があるかも知れない。しかし受ける方の都道府県の調査はどうなのか、通常の例で言えば更に市町村に委託、さらに業者に依頼と情報ルートが階層化している事は容易に想像できる。階層化したルートを遡上する情報は原則的に精査の仕様はないと思う。伝言ゲームの結末、下手をすれば当初の段階と意味合いも異なってくる。
 具体的に言えば、上記したように茨城県で2ヶ所(私が知っている限り)、千葉県でも成東・東金食虫植物群落(*2)などごく限られた場所にしかない植物が「すぐに絶滅する危険性は小さいが、将来的に絶滅する危険性」(RDB、準絶滅危惧の定義)なのだろうか。もちろん植物種としての強靭性や繁殖力など生態的、生物学的側面からの評価(この点に関しては後述)も加味されていると思うが、それにしても合理的な選定基準が見いだせないというのが本音。少し脱線気味で失礼、次項以降がヒメハッカfeatureである。


(P)2005年4月 茨城県 (元)自生地の姿

安定湿地

 本シリーズ(Feature)では個人的に興味のある、攪乱依存の植物を多く取り上げている。しかしヒメハッカに関してはまったく逆の、安定した湿地にのみ自生する植物であると考えている。安定した湿地であれば繁殖力が強く(*3)、その意味では「すぐに絶滅する危険性は小さい」(準絶滅危惧の定義)。よく言われる「湿地の喪失」が本種の減少原因であることは間違いなさそうだ。

 前項の画像は自宅から最も近い自生地だが、周辺の森林の宅地開発(*4)によって山林から涵養される水が枯渇し沼が干上がってしまった。(この際に20種類前後存在した沈水植物が絶滅した、と言われている)もちろん放置すれば遷移によってヒメハッカも絶えてしまったはずだが、沼を維持するために行政が上水を注入し、今度は逆に自生地である僅かな面積の湖岸湿地を水没させてしまったのだ。
 いわば「自然保護に前向きな自然破壊」の結果となってしまった。画像の自宅育成株は湖岸湿地が存在した期間に採取したものである。系統保存(*5)というわけではないが、出所も明らかで他の自生地のものは栽培していないので交雑もない。この自生地にはいつでも戻せるので、もし関係者の方がご覧になっており、ご希望があればいつでも無償で戻します。

 それはさておき、ヒメハッカは湿地植物で湿地に自生すると言っても泥濘や河川の砂洲のような軟質の土壌には生えない。植物体を見れば硬質の茎が真っ直ぐ伸びる形状であって、すなわち地下茎である程度の重量を支えなければならないのだ。従って地下茎がしっかり生える土壌を必要とする。このことは自生地の地形を見ても分かる。湖岸湿地の場合、水際には生えずやや標高のある部分に自生する。標高がある部分(と言ってもせいぜい20〜30cm)は乾き陸地の土壌と変わらない強度がある。一方、地下水位は湖面と同じなので水分は豊富である。
 ちなみにこの自生地から株を採集した際には地表が乾燥し、掘り出しのための移植ゴテが入りにくいほどであった。これほど固い地表に生えて平気な植物が湿地性ではあるとは信じがたいが地下水位があればこその話なのだろう。

 こうした地形は自然の湖沼では各地にあったと思われるが、護岸工事、茨城県の自生地のような周辺の開発による湧水の枯渇等の要因で減少しており、この事が本種の減少の直接要因ではないかと考えられる。前述した自生地の一つ、千葉県の成東・東金食虫植物群落は自然湿地ではなく、入会地(*6)として土砂が採取された跡地に水が溜まったのが成立要因である。現在は当然土砂が採取されることはなく、放置すれば遷移が進むので(この事はかなり昔に当地を訪問した牧野富太郎氏によって指摘されている)、人為的に潅水しているという。成東・東金食虫植物群落は天然記念物であり希少な植物の群生地なのでこうした手当も成されるが、多くの名もなき湿地は開発されるか、利用されず自然の遷移に任せられるか、どちらにしても自生地が失われることに変わりはない。


(P)2010年5月 自宅育成、成長期の草姿

ユニークな無性繁殖

 前述したようにこの植物は非常に繁殖力が強いと考えている。最も有力な手段は地下茎によるものとシュート(*7)による無性生殖である。地下茎による増殖はヒメナミキ(シソ科)やサクラタデ(タデ科)などの湿地植物と同様であるが、ユニークなのはシュートによる増殖である。
 シュートによる増殖は地下茎による増殖の変形、一種と考えられなくもないが、茎の部分、地表から10cm前後の部位からシュートが伸び、気根(*8)のような状態から一度地中に潜り込んでから芽を出すのである。地下茎によって増殖可能なのにあえてこのような形式の無性生殖を行うのだ。この現象は土壌や日照などの環境に拠らず、わりと普通に見ることができる。多年草の湿地植物でこうした挙動は実に珍しく印象的だ。

 シュートによって増殖した株も地下茎を持つので翌年そこから芽吹く。(本来の)地下茎からの発芽、実生も良好であり、植物種としての生命力は強い。育成下では日照条件等により開花率は左右されるが、これによって衰退することはない。自宅育成のものはご希望により数名の方にお分けしているが、なかには腰水ではなく多潅水によって草花のように育成している方もいるが状況は同じようだ。

 他に増殖手段を持っているヒメハッカにおいてシュート(苗条)による無性生殖がなぜ行われるのか、という課題はさておき(簡単な推論は本稿最後に記述)、植物学でポピュラーなテーマである「分枝」の側面からシュートによる無性生殖を考えてみる。

 多くの植物が株を充実させる手段として二又分枝(dichotoous branching)を行う。この方式は読んで字の如く主軸の先端が二又に分かれることで、この繰り返しによって植物体を大きくする。湿地植物ではノウルシ(トウダイグサ科)が典型的で、春先に自生地に黄色い花畑を形成するが、よく見てみると群落全体から受ける印象よりも株数が少ない。この二又分枝は分枝様式としては原始的なものと考えられているが、理由は古生代からの残存植物であるヒカゲノカズラ綱(シダ類、ミズニラなどもこの綱に含まれる)が持つ分枝様式だからである。
 ヒメハッカのシュートは二又分枝ではなく、単軸分枝(monopodial branching)と呼ばれる方式である。この方式は主軸(茎)の先端から離れた場所に側軸が形成される分枝様式で、ヒメハッカはまさにこの定義通りに分枝する。単軸分枝は進化した分枝様式と考えられているが、それは前述の古い植物群であるヒカゲノカズラ類を除く維管束植物に見られるからである。

 時系列で考えれば被子植物、湿地植物に関してもヒメハッカは二又分枝を行うノウルシよりも進化した植物であると言えるだろう。さらに分枝を株の充実ではなく無性生殖に用いるのは更なる進化上のブレークスルーがあったはず。個人的推測ながら、この無性生殖はその距離(シュートの着地点は主軸根元から15〜20cm)にポイントがあるのではないか、と思う。安定湿地である湖岸も季節による水位変動は避けられない。前述したヒメハッカが好む地形は同じ湖岸湿地においても微妙に移動する。この際に15〜20cmの距離は重要な意味を持って来ると考えているのだ。生き残りを企図した挙動と考えれば地下茎が到達する時間よりも空中を移動する方が早い。
 人間が考える「合理的理由」が植物に必ずしも該当しないことは当然理解しつつも、こうして推論の余地がある精緻な仕組みが想像される植物は楽しい。結論は出ないながらもシュートによる無性生殖をサバイバルの進化形と考えると、あらためて凄い植物であると思う。


(P)2002年9月 育成下での開花(自宅)

脚注

(*1) よく混同されるが環境省が出しているRDB(レッドデータブック)とレッドデータは似て非なるもの、別物である。レッドデータは5年ごとに見直され、RDBは10年ごとに見直される。(どちらも目安)従って同じ植物でも両者の扱いに差があるのはザラ。レッドデータは直近2012年度版で、その前が2007年度版なので予定通りなら次は2017年度版となる。(本稿記述時点)RDBの改訂の際にはレッドデータの変更が加味されるとの事なので、順当に行けば次回のRDBではヒメハッカは準絶滅危惧(NT)となるはず。個人的見解ではこれはまったく実情にあっていない、と思う。

(*2) 千葉県山武市と同東金市にまたがる食虫植物群落。国指定天然記念物。本Webサイトでは何度も取りげており、詳しくは探査記録記事等を参照されたい。

(*3) 自生地の状況及び育成してみての個人的感想。地下茎、シュート、実生、本種は様々な繁殖手段を持ち、どれも択一的ではなく十分に機能する。安定した環境であれば容易に群落を形成する。ただし地形以外に他種との競合要素も大きい植物であり、いくつかの自生地では思ったほどの規模に群落が成長していない場面も見ている。

(*4) もともとこの沼は周囲に広がる広大な雑木林の保水力によって涵養されていたが、雑木林外縁部から宅地開発が進行し、ある時点から水位が低下、遂には完全に干上がってしまった。当時市で残存した雑木林と沼の一帯を公園化していたため、沼を水場として維持するために上水の注水を行い(現在も継続)、ヒメハッカの自生地である山林と水際の間の僅かな面積の湖岸湿地も水没してしまった。すべては宅地開発から始まっているが、どの程度山林を無くすと沼が干上がるか、という計算は成された形跡がない。素人考えでもかなり困難であると思うけど。

(*5) 生息域外保全とも言う。何をもって「系統」とするのか確定していないが、DNA、形質、履歴などの判断基準に拠るのが一般的。希少植物の場合、産地が重要な概念となっている。産地毎の差異の有無は将来的に重要(将来的にゲノム解析等で差異が発見される可能性を鑑み)ではあるが、産地確実、他産地の交雑なしであれば湿地植物の場合立派な系統保存であると思う。ちなみにメダカは現在、国内約100地点毎に差異のある地域固有集団であることが知られているが、これはつい30年程前に分かった情報であって、植物も今後こうした検証が行われる可能性がある、ということ。希少な植物がこのような検証の際に最悪産地から消えてしまっても、生息域外保全が図られていれば検証が可能となる。環境省では絶滅危惧種植物の系統保存に関し「絶滅危惧植物の系統保存管理マニュアル」を公開している。

(*6) 村や集落で共同所有した土地。ローカルルール(時期、採取対象など)を設定した上で共同体所属の人間の利用を認めた(入会権)もの。具体的には燃料(薪炭)、建築資材(木材)、田畑用肥料(腐葉土)などを採取した山林と、屋根材(アシなど)や生活用品材料(カサスゲなど)を採取した湿地があり、成東・東金食虫植物群落は後者のタイプ。加えて土砂の採取があったために貧栄養の低湿地となったようだ。
 本文にもあるように植物学者の牧野富太郎氏が当地を訪れた際に、すでに囲いが設置され入会地としての機能を失っていたため、攪乱が無くなり希少な植物が減少する可能性を指摘したようだ。

(*7) 本来は1本の茎とそれに付く葉を総称して使う用語(shoot)。ヒメハッカのものは挙動としてはランナー(走出枝)であるが、走出す部位、着地前から葉を付けている場合があることなどからシュートと表現した。本文の「シュート」は「ランナー」に置き換えて読んで頂いてもまったく差し支えない。

(*8) 植物の地上部から空気中に出る根。役割は吸水、保水、植物体の保持など種によって様々である。熱帯産のマングローブなどが有名であるが身近な植物にもあり、銀杏も気根を出すことがある。

 

Photo :  Nikon E5000 FujiFilm Z33WP Canon EOS30D/EOS KissDigital Tokina At-X M100ProD SIGMA Macro50mmF2.8

Feature Mentha japonica (Miq.) Makino
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